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2017年7月22日 (土)

伝統芸能と郷土芸能の違い?

Facebookをみると(なぜかアカウント持っている)、浜田商業の郷土芸能部が文系クラブの全国大会に出場とあった。数年前に全国優勝を果たしているので、今回も好結果を期待されているだろう。ところで、伝統芸能ではなく郷土芸能とある。この違いは何なのだろう。こと神楽に関しては進取の気風の溢れる地域だし、必ずしも伝統にこだわらないというニュアンスだろうか。

<追記>
橋本裕之「民俗芸能研究という神話」を読んで違いが分かる、芸能というのは芸術まで昇華されていない段階の技芸を指し、伝統芸能というと歌舞伎や能楽など芸術となったものも含まれるため、郷土芸能として区別しているようだ。郷土にはローカル色が込められている。

ちなみに類似する「民俗芸能」という概念の定義は以下のとおりである。
一民族の範囲内において、各地域社会の住民が、みずからの手で伝承してきた演劇・舞踊・音楽、およびそれに類する行動の伝承っを、広く「民俗芸能」と総称したい。(中略)「民俗」とは、一般の人々が、慣習として繰り返し伝承していることばや行為、または観念のことである。したがって民俗芸能は、各地域社会において、だれそれの創作といったものではなく、その社会における前代から受け継いだ習慣として、住民一般が毎年繰り返し行なっている芸能の類を意味することになろう。
橋本裕之「民俗芸能研究という神話」21P
日本人が、昔からそれぞれの生活の中で伝承してきた芸能で、まだ芸術と呼ぶにふさわしくない状態にあるもの。
橋本裕之「民俗芸能研究という神話」22P
ところで、このあたりの事情については、三隅治雄がある程度素描しており参考になる。三隅の指摘によれば、郷土を冠した先行の術語に替えて「民俗芸能」を使用するようになった背景には、昭和二十年から三十年代にかけて、「郷土……」の語感が中央対地方の図式を連想させ、ことさらにローカリティを強調しているがごとき印象を拭えなかったことに対する抵抗が存在していた。つまり、

従来とかくローカルカラーという点においてのみ価値を問われがちだった土地土地の芸能に、日本人全体の芸能の歴史にかかわる民俗資料としての意義を認めて、それをより鮮明に名称の上にあらわしたい気持ちがあり、そのことからなるべくは「郷土芸能」の名を避けて、民俗資料としての内容と意義をそなえた芸能に「民俗芸能」の名をたてまつったという事情も、わたしなどにはあったのである。
橋本裕之「民俗芸能研究という神話」26P
民俗芸能、郷土芸能という言葉も、終戦後用いられるに至ったもので、これは民俗行事の中に行なわれる芸能、都会の芸能に対して、郷土に古風を守って伝承されているものの意にほかならなかった。
橋本裕之「民俗芸能研究という神話」27P
<追記>
伝統芸能の中でもプロが演じているのとノンプロが演じているものの差もあるか。ただ、宮崎県にはプロの神楽師がいるらしく、専業の人がいたとしても神楽は芸術と呼ぶまでには至っていないだろう。広島の中川戸神楽団のように舞台芸術を標榜する団もあるにはあるが。

<追記>
郷土芸能部が呼称なのは全国高等学校総合文化祭(総文)で郷土芸能部門が置かれているかららしい。Wikipediaで郷土芸能のリンクをクリックすると日本伝統芸能のページへ飛ばされる。それにしてもやはり何故「伝統」の文字が外されて「郷土」が入るのか分かったような分からないような感じではあるが。

<追記>
細かなところでは共演大会と競演大会の違いもある。共演大会は複数の社中が「共に」演じるのだが、競演大会では、複数の社中が「競う」のである。神楽は本来は神様が楽しむものなので、そこに競争原理が働くのはどうなのだろう。競演の場合、競うという性格上、演技の質の向上が見込めるというメリットもあるが、一方で技術に優れた団員しか出場できなくなってしまい、間口が狭くなってしまうのではないかという問題点も指摘されている。

専業ではない大人の社中だと週一回の練習が限界だろうけど(週三回練習している社中もあるとのことである)、高校生の場合は日曜日を休むとしても、月曜日から土曜日まで週6日近く練習時間がとれる。上手くなるのもむべなるかな。

<追記>
民俗芸能とは要するに民俗学的手法で研究するに値いする芸能を指すと極論すればそうできる。

<追記>
久保田裕道「神楽の芸能民俗的研究」にも関連する記述があった。

郡司正勝の挙げる郷土芸能の属性
・その地方特有のニュアンスをもってそこに伝えられてきた芸能
・誰が始めたのか不明
・アマチュアによる
・主体は村落の共同体
・年中行事的に実施

本田安次のもの
・時期が定められている
・場所が定められている
・鑑賞者が存在している
・身体による芸術的表現である
・郷土色をもつ
・信仰との結びつきがある
・伝統的である
・集落・町村などと関わる

池田弥三郎の民俗芸能の定義
・民俗芸能とは民間に存続する芸能・芸能的事象を民俗として捉え、民俗学の対象として見る時の名称(芸能伝承)
・季節、舞台、俳優、観客、台本、目的に制約を有する

三隅治雄の民俗芸能の定義
・芸術意識を伴わず、民俗として伝承されたもの
・没個性的で集団性の強いもの
・祈願、能率確認などの共同目的のもとに行われる
・現在において民間伝承の境遇と性格を保持しているもの
・その土地に伝わる知識や習慣を優先させる制約を有する

西角井正大の挙げる属性
・信仰的な精神生活の文化的な表出(心意伝承)
・生活の古典としての善なるしきたり(周期伝承)
・受け継ぐべき生活経験(行動伝承)

※民俗芸能とは、没個性的な芸能であり技芸の巧拙は本来問題外だとしている。

山路興造
・職業芸能者による舞台芸能以外の伝承芸能
・演じられるのはハレの日のハレの場(娯楽的要素のみではなく保守的生活感情の支配する特殊な時空)
・演者と観客との区別の希薄さ、交換性のある一体感
・現在という時点での限定

高取正男
・民俗芸能を都市に対する郷土の中で古風を守って伝承されてきた芸能
・郷土とは近代国家の母体でもあり伝統的生活文化の支柱であったもの

後藤淑
・一口に民俗芸能というものの、本来民衆芸能と民俗芸能とがあり、民俗芸能は支配者階級の中で発生・伝承された芸能をも含む

久保田裕道のまとめ
・人、時、場所といった様々な制約条件を有すること
・伝承者とその民俗社会および享受者との間に共通理解があること
・上記要素を満たした身体表現もしくは道具を使用した操作表現であること

とある。筆写してみるに、どれも妥当な内容であり優劣をつけ難い。

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