牛鬼と影ワニ
◆はじめに
次に同じ石見でも地域によって特色のあることである。石見は日本海に沿った海岸線と中国山地の細長い国である。東部の海岸には「うしおに」「影ワニ」といった海の怪物がいるが、これから西にはいない。
◆牛鬼
◆濡れ女
◆徳左衛門のウシワニ退治
昔、大田市の西の方に五十猛(いそたけ)という町があり、近くに大浦(おおうら)の浜という綺麗な浜がある。ところが、いつの頃からか、この浜にウシワニという化け物が現れ、夜になると人を驚かしたり、干してある網を破ったりして困らせていた。
その頃、五十猛の大浦に和田徳左衛門(とくざえもん)という男がいた。徳左衛門は身体が大きく力が強く、三度の飯よりも相撲が好きだった。周辺では徳左衛門に敵う者がいなかった。
ところがウシワニがそのことを聞きつけた。徳左衛門と相撲が取りたいと言い出したのである。このことを伝え聞いた徳左衛門は見たこともないウシワニと相撲を取るのは嫌だと断った。
するとウシワニは相撲を取らないなら、一生、徳左衛門を困らせてやる。そればかりか五十猛の浜をもっと荒らしてやると暴れまわった。徳左衛門は嫌々ながらも承知しなければならなくなった。
その日から徳左衛門はウシワニが怖くなって夜も眠れず、食事も喉を通らなくなった。
そのことを聞いた和尚が心配することはない。正定寺(しょうじょうじ)本尊の阿弥陀如来がきっとお前を守ってくださると教えた。さっそく徳左衛門は阿弥陀如来を信心した。するとあれほど怖れていたウシワニのことが気にならなくなった。
そしてある日、徳左衛門は和尚にウシワニと相撲を取る自信ができたと告げた。満月の夜に勝負することになった。
やがて満月の夜となった。徳左衛門は身体を清めて本堂に参り、心を込めて阿弥陀如来を拝んでいると、ウシワニは頭の上がどんぶり鉢のようになっている。この中に海水が入っている。鉢の中に水があるときは力が強いが、水が無くなってしまうと力が抜けてしまう、何とかして水を無くすようにすれば、勝負に勝てるだろうというお告げがあった。
徳左衛門は和尚と浜辺に行き、静かに待っていた。やがて海の底から湧きたつように波が押しあがると、ウシワニが姿を現した。頭の大きな得体の知れない化け物である。
徳左衛門はウシワニの前に進み出ると、首を左右に何回も強く曲げた。ウシワニは人間のする挨拶と思ったのか、真似をして首を大きく丁寧に曲げた。曲げている内に頭の水が少しずつこぼれていった。この調子だと身体も大きく曲げてみせると、ウシワニも真似をした。とうとうウシワニの頭の水が無くなった。
今だと徳左衛門はウシワニに飛び掛かり、足を掴んで投げた。ウシワニはどっと後ろにひっくり返り、起き上がることができなかった。やがて這うようにして海の中へ逃げ込んでしまった。
徳左衛門は和尚に礼を言って、正定寺の方に向かって手を合わせた。それからというもの、ウシワニは二度とこの浜に現れなくなった。
……という内容である。河童と相撲を取る話と同じやり方でウシワニを退治する。
五十猛の浜は神上(しんじょう)の浜とも呼ばれていて、古代、スサノオ命が息子の{五十猛|いそたける}命らと上陸した地だとされている。
◆アニメ
昔、浅利に侍夫婦がいた。元は名のある武士に仕えていたが、今は浅利で読み書きを漁民の子供たちに教えて暮らしていた。ある日米が底をついた。侍は家に伝わる刀を売ってしまおうと考えたが、妻が制止する。そこで米を借りに浅利の村へいくと漁民たちが牛鬼に船が襲われた、退治して欲しいと頼まれる。どうせ思い過ごしだろうと侍は引き受けてしまう。嫌なことを引き受けてしまったと侍は釣りに出かける。その日は魚がよく釣れた。そうしていると日が暮れた。すると赤子を抱いた女が現れ「この子に一尾恵んで欲しい」という。魚を渡すと赤子は生のままあっという間に食べ尽くし「もう一尾恵んで欲しい」と繰り返す。魚が尽きると、今度は腰に挿した脇差を食べてしまった。ようやく侍は女と赤子が人でないと気づくが、女は赤子を侍に抱かせると海に飛び込んでしまう。すると海の中から牛鬼が現れた。女は牛鬼だった。気づくと赤子は石になっていた。と、侍の家にあった刀がカタカタと揺れ始め飛んでいった。間一髪、飛んできた刀が牛鬼の眉間に刺さり、牛鬼は海へと沈んでいった。
……という内容。クレジットでは大庭良美・未来社刊とあり「石見の民話」らしいのだが、「石見の民話」に類話は収録されていない。「日本伝説大系 第11巻 山陰(鳥取・島根)」には類話が収録されており、刀が飛んで牛鬼を退治するというモチーフは確認される。
貉工房のまんが日本昔話データベースによると、「牛鬼」の放送年月日は平成1年5月20日。「日本伝説大系」は昭和五十九年発行なので、「日本伝説大系」の方が先となる。もしもアニメ「牛鬼」の方がかなり先だったら、アニメオリジナルの話の展開が牛鬼伝説に影響を及ぼしたかもしれない。しかし、脚本家の沖島氏は既に亡くなっている……などと妄想したのだが、さすがにそれはなかった。
◆影ワニ
◆アニメ
昔々、石見の国の温泉津辺りでは鮫のことをワニと呼んでいた。ある嵐の晩、村の衆が村長を囲んで酒を飲んでいると影ワニの話になった。海の凪いだ日は船乗りの影が海に映ると、その影を影ワニが食べてしまう。すると船乗りは死んでしまう。だから海の凪いだ日には漁には出てはいけないと村長が諭す。
◆参考文献
・『島根の伝説』(島根県小・中学校国語教育研究会/編、日本標準、一九七八)一七七―一八一頁。
記事を転載 →「広小路」
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