ツクヨミではなくスサノオが――五穀種元
◆死体化生神話
葦原の中つ国に保食(うけもち)の神がいると聞いた天照大神が須佐之男命に命じて様子を見させた。命を受けた須佐之男命は早速保食神のところに赴いた。保食神は種々(くさぐさ)のものを取り出して須佐之男命をもてなしたが、その様子を覗いて見ていた須佐之男命は怒り、保食神を打ち殺してしまう。
殺された女神の死体から穀物が生じるとした死体化生神話を基とした演目であるが、基となった日本書紀と古事記でそれぞれ内容が一部異なる。
日本書紀だと、
……となっている。これは殺された女神の死体から穀物が生じるとした型の神話で死体化生神話とされている。また、日本書紀では日月離反の説話ともなっている。なお、月読尊は保食神を斬り殺したことで天照大神の怒りを買うが、須佐之男命の場合、既に高天原を追放されていることもあってか、特に咎められていないようである。
保食神の存在が語られるように、五穀種元は日本書紀の神話を元としているように見受けられるが、なぜ保食神を斬り殺したのが月読尊ではなく須佐之男命なのか、「校定石見神楽台本」では注で「スサノオノ命をつかはされたとするのは、何によるのか判然としない。書紀一書には月夜見尊をつかはされたとある。」(137P)としている。
◆大元神楽
◆関東の里神楽
関東の里神楽(神代神楽)に「神逐蓑笠(かみやらいみのかさ)という演目がある。「言いつけのば」「五穀本現」「素尊勘当」の三場からなる演目で、天照大神が天児屋命に素戔嗚尊を呼びさせ、素戔嗚尊が来ると天照大神が保食神から五穀の種を貰う様に命じる。ところが授かった種が臭いと保食神を斬ってしまう。斬られた保食神は天照大神に訴え、怒った天照大神は素戔嗚尊を勘当してしまう。蓑と笠を被った素戔嗚尊は追放される……という粗筋となっている。
神逐蓑笠・言いつけの場・天照大神
神逐蓑笠・言いつけの場・天児屋命
神逐蓑笠・言いつけの場・素戔嗚命
神逐蓑笠・五穀本現・保食神
神逐蓑笠・五穀本現・保食神の従者のモドキ
神逐蓑笠・五穀本現・素戔嗚命
神逐蓑笠・五穀本現・保食神の種が臭いと怒って、素戔嗚命が保食神を斬ってしまう
神逐蓑笠・素尊勘当・天照大神に素戔嗚命の暴虐を訴える保食神
神逐蓑笠・素尊勘当・素戔嗚命
神逐蓑笠・素尊勘当・素戔嗚命と対峙する天照大神
神逐蓑笠・素尊勘当・素戔嗚命を制止する天児屋命
神逐蓑笠・素尊勘当・素戔嗚命に怒りをぶつける天照大神
神逐蓑笠・素尊勘当・蓑と笠を着て追いやられることになった素戔嗚命
神逐蓑笠・寂しく去っていく素戔嗚命
◆埼玉県の太々神楽
埼玉県久喜市鷲宮の鷲宮神社の土師(はじ)一流催馬楽(さいばら)神楽に「五穀最上国家経営之段(ごこくさいじょうこっかけいえいのまい)別名種蒔きという演目がある。演劇化された内容ではないが倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と保食命(うけもちのみこと)とが舞う内容となっている。
鷲宮神社:五穀最上国家経営之段
鷲宮神社:五穀最上国家経営之段
鷲宮神社:五穀最上国家経営之段
鷲宮神社:五穀最上国家経営之段
鷲宮神社:五穀最上国家経営之段
鷲宮神社:五穀最上国家経営之段
◆動画
◆古事記
古事記で該当する部分を訳してみた。
ここに八百万の神は共に協議して、速須佐之男命にたくさんの祓えの物を科して、また鬚(ひげ)と手足の爪とを切り、祓えさせて(罪を取り除かせて)(神やらいに)追放した。
また、(須佐之男命は)食物を大気都比売神(おほげつひめのかみ)に乞うた。そうして大気都比売は鼻・口と尻から種々の美味な食べ物を取り出して様々に料理しお供え差し上げるときに、速須佐之男命はその仕業を伺って、汚して進上したと思って、ただちにその大宜津比売神(おほげつひめのかみ)を殺した。そこで殺された神の身に生えたものは、頭に蚕が生じ、二つの目に稲穂が生え、二つの耳に粟が生え、鼻に小豆が生った。女陰に麦が生え、尻に大豆が生えた。そこで神産巣日御祖命(かむむすびのみおやのみこと)はこの生えた種を取らさせた。
◆日本書紀
日本書紀の「一書に曰く」として月読命の異伝が掲載されている。それに保食神の神話が語られている。
さるほどに天照大神は天上にいらして曰く「葦原の中つ国に保食神(うけもちのかみ)がいると聞く。お前、月夜見尊は行ってみよ」とおっしゃった。月夜見尊は勅命を受けて天下り、まぎれもなく保食神の許に到った。保食神は頭を回して陸地に向かうと口から飯が出て、また海に向かうと大きなヒレの魚と小さなヒレの魚が出て来て、また山に向かうと毛のごわごわした獣と毛の柔らかい鳥が口から出てきた。その種々の物を悉く供えて多くの物を載せる台に積んで饗応した。この時月夜見尊は怒って色をなして曰く「汚らわしいことだ。卑しいことだ。どうして口から吐いた物で敢えて自分を養うことができようか」とおっしゃり、たちまち剣を抜いて討ち殺してしまった。そうして後、復命(命令されてしたことの結果を報告)してつぶさにその事を申した。ときに天照大神は怒ること甚だしくて曰く「お前は悪い神だ。相まみえることはあるまい」とおっしゃり、ただちに月夜見尊と一日一夜隔ててお住まいになった。この後、天照大神はまた天熊人(あまのくまひと)を遣わして、行って看護させた。この時、保食神はまこと既に死んでいた。ただし、その神の頭頂から牛と馬が成り、額の上に粟が生り、眉の上に蚕の繭が生った。眼の中に稗が生え、腹の中に稲が生え、女陰に麦と大豆、小豆と生えていた。天熊人は悉く持って去り(天照大神に)奉った。時に天照大神は喜んで曰く「この物はこの世に生きる青民草の食べて生きていくものだ」とおっしゃり、ただちに粟・稗・麦・豆を以て畑のものの種として稲を以て水田の種とした。またこれによって天邑君(あまのむらきみ:村の首長)を定めた。そこでその稲の種を以て、始めて天狭田(あまのさだ)と長田とに植えた。その秋の垂穂は拳八つ分くらい数多く実って甚だ快かった。また口の裏に繭を含んで、ただちに糸を抽出することができた。これから養蚕の道が始まった。保食神はここでは宇気母知能加微(ウケモチノカミ)と云う。顕見蒼生はここでは宇都志枳阿烏比等久佐(ウツシキアヲヒトクサ)と云う。
◆余談
◆参考文献
・「古事記 新編日本古典文学全集1」(山口佳紀, 神野志隆光/校注・訳, 小学館, 1997)
・「日本書紀1 新編日本古典文学全集2」(小島憲之, 直木孝次郎, 西宮一民, 蔵中進, 毛利正守/校注・訳, 小学館, 1994)
| 固定リンク
「神楽」カテゴリの記事
- 追記するべきか(2023.09.08)
- 神社でやるから良かったのに――浜田の石見の夜神楽定期公演(2023.09.05)
- 約一年触ってなかった(2023.09.04)
- 第12回高校生の神楽甲子園 一日目 演目に異変が ver2.0(2023.07.26)
- 第12回高校生の神楽甲子園 二日目(2023.07.23)