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凡そ千三百年の昔、天武、持統、文武三朝の頃、役人且つ宮廷歌人として、都で名をなした万葉歌人柿本人麿は、晩年石見の国の役人として、慶雲三年(七〇五)角の里(現江津市二宮町)の仮国庁に来た。やがて近くの豪族の娘依羅娘子(里名恵良媛)を妻に迎えた。
2017年1月15日 (日) 江津市 | 固定リンク