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2017年1月15日 (日)

ミゾオリヒメ――伊甘神社と御衣織姫命

◆はじめに

 浜田市下府町に鎮座する伊甘神社のご祭神は天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひと)であるが、江戸時代の地誌である「石見八重葎」によると、以下の様なことが書き記されている。

島根県浜田市の伊甘神社とイチョウの木
伊甘神社・拝殿
伊甘神社・拝殿と本殿
伊甘神社・境内社
伊甘神社・ご由緒
式内正五位
 伊甘神社 [除地三石 社司(略)]
清和ノ御宇貞観三年辛巳五月五日鎮座即授位。本朝水土記ニ曰、伊甘ハ川ノ名ナリ。天豊足柄姫妹御衣織(ミゾオリ)姫命
「角鄣経石見八重葎」(同)p.109
 御衣織姫命は浜田市内にある石神社のご祭神である天豊足柄姫命の姉妹であるということだろうか。

島根県浜田市の石神社
石神社

◆機織りの女神

時代が下ると、大島幾太郎「那賀郡史」に以下の様な記述がある。
 生物の生活に先ず無くてはならぬのは食物だが、人類には住む場所(穴でも素でも進んで家)がいる。それから着物もいる様になる。抓之姫命(つまつひめ)、大屋姫の事が伝えられるのは、こういうわけからだ。抓之姫は紡績(つむぎ)、機織(はたおり)の神様で、下府で溝織姫(みぞおりひめ)というのは御衣織姫(みぞおりひめ)の意で、抓之姫の御事らしく語られている。(120-121P)
 抓之姫命、抓津姫命は須佐之男命の娘であり、五十猛命と大屋姫命の妹神である。抓津姫命が御衣織姫だとしたら、天豊足柄姫命は大屋姫に相当するだろうか。

 「日本の神々―神社と聖地 第七巻 山陰」では祭神を溝樴姫命(みぞくいひめ)とする資料が幾つかあるとしている(175P)。
 溝樴姫命は日本書紀では事代主神・古事記では大物主の妃。神武天皇の皇后である媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめ)の母でもある。
 溝織姫命と溝樴姫命で混同が生じたのであろうか。

◆「桃太郎の誕生」と瓜子姫

 柳田国男「桃太郎の誕生」では瓜子姫と機織の関係を考察、織姫とは神の御衣を織る巫女であるとしている。伊甘神社の御衣織姫はその名のごとく、神の御衣を織る巫女が神格化されたものなのだろう。
 神を祭るには清浄なる飲食を調理するを要件としたごとく、かねて優秀なる美女を忌み籠らしめて、多くの日を費やして神の衣を織らしめたことは、あるいはわが国だけの特徴であったかと思う重要なる慣習であった。それがいかなる信仰に出たものかは、まだわれわれにも明白でないのだが、とにかく機を織ることが上手というのは、もとは神を祭るに適したということも意味していた。(117P)
 なんにもせよ織姫といえば神に仕うる少女であり、後にはまつられて従神の一に列すべき巫女であった。(118P)
 察するところ、以前には小駕籠の用意ということが、意味はわからぬながら必ず付け加えられていて、それは織姫が祭の式に参与することを具体化したものだったのである。実際またわれわれの年久しい信仰においては、神の御衣を織りなしたる処女は、当然に神の御妻と解せられていたらしいのである。(120P)
 第二、事業。男性の鬼が島征伐という武勇に対して、女性の事業は技芸であり、機織である。この瓜子姫の機織ということは、神を祭るに清浄なる飲食を調理するのを要件としたように秀れた美女を忌みこもらせて神の衣を織らしめたのと比較し、わが国だけの特徴であったかと思われる重要な慣習であった。織姫というのは神に仕える少女であり、のちに祀られて従神の一つに列すべき巫女に比較された。それが桃太郎の鬼が島征伐に匹敵すべき女性の大事業であることは疑いないと主張された。(430P)
※430Pの文章は関敬吾の解説である。

◆由豆佐賣神社

 山形県鶴岡市湯田川の由豆佐賣(ゆずさめ)神社のご祭神が溝織姫命で水利・お湯の神様だという。意外なところで一致したが、ネットで二、三度検索するだけで辿れてしまった。昭和の時代には考えられなかったことだ。伊甘の地も良い水の湧き出る所で、水の神様なのかもしれない。

◆余談

 伊甘神社も単独で取り上げられないかと思っていたが、御衣織姫命の話がちょうどあってよかった。御衣織姫命にまつわるお話もあればよかったのだけれども。

 島根県には狭姫や胸鉏比売など、意外と姫神を祀る神社が多い。このご時世、現代風にもっとアピールすればよいのではないかと思う。狭姫伝説は漫画化されているが、地元の人の熱意があってこそ。

◆参考文献

・「角鄣経石見八重葎」(石見地方未刊行資料刊行会/編, 石見地方未刊行資料刊行会, 1999)p.109
・「那賀郡史」(大島幾太郎著, 大島韓太郎, 1970)pp.120-121
・「日本の神々―神社と聖地 第七巻 山陰」(谷川健一/編, 白水社, 1985)p.175
・「桃太郎の誕生」(柳田国男, 角川書店, 1974)
記事を転載 →「広小路

 

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