« 井野と弥九郎霧 | トップページ | エイヤッ »

2015年6月14日 (日)

全国に伝播した龍の淵伝説と頼太水伝説

◆頼太水

「島根の伝説」(日本標準)に収録された頼太水という能義郡広瀬町(現・安来市)の伝説がある(135-139P)。

 寛永十二年(1635)、今の能義郡広瀬町布部に頼太と頼次という兄弟が住んでいた。二人は漆の汁をとることを生業としていたが、兄の頼太は怠け者だった。
 布部川の上流には雄渕、雌渕という二つの渕があった。この二つの渕は布部ダムができたため、湖底に沈んでしまった。
 雌渕には漆の木から自然に流れ出た漆が渕の底に沈んでいるという言い伝えがあったが、渕には竜が住んでいるということで誰もとりに行く者はいなかった。
 あるとき、この雌渕の漆をとってやろうと思い立った兄の頼太は、雌渕に出かけていき、潜った。果たせるかな、湖底には大量の漆がたまっていた。それで頼太は大量の漆を集めることができた。
 そのことを知った弟の頼次は竜の祟りを恐れ、頼太に危険なことを止めさせようと考えた。そこで藁で大きな竜の形を作り、湖底に沈めた。
 そのことを知らない頼太は再び雌淵に出かけると、潜った。ところがそのとき、急に天気が悪くなり、大雨が降りだしてきた。三日三晩雨は降り続き、渕の水は布部川に流れ込んでいった。頼太のその後を知る者は誰もいない。
 時が経つうちに、藁の竜が雨を呼び起こし大水を出させたのだろうと語り伝えられるようになった。それ以降、この地方では大水のことを頼太水と呼ぶようになったという。

旧JR浜田駅に展示されていた石見神楽の大蛇
旧JR浜田駅に展示されていた石見神楽の大蛇
これは旧浜田駅舎に展示されていたもの

◆まんが日本昔ばなし

 この伝説は「まんが日本昔ばなし」でも「龍の淵」というタイトルでアニメ化されている。ナレーションで「米良の荘」とあり、宮崎県の伝説が元となっていると思われる。「宮崎県の民話 ふるさとの民話23」(日本児童文学者協会/編, 偕成社, 1981) に「蛇淵の生うるし」という民話が収録されているとのこと。

 なお、youtubeで動画を視聴した際、コメント欄に国語の教科書に収録されていたというコメントがあったことを記憶している。

◆広く伝播した伝説

 この伝説は能義郡広瀬町(現・安来市)の伝説であるが、これとほぼ同じ内容の伝説は日本各地に伝えられている。「日本伝説大系 第十一巻 山陰編」(みずうみ書房)でも「頼太水」の伝説が収録されている(276-279P)。参考として福井県福井市の同様の伝説が紹介されている。漆器の生産地ということで福井県の伝説が参考例として取り上げられたのかもしれない。

頼太が淵に入ると、大蛇は精気が通い頼太を一呑みにし、水を呼び大雷雨になり、山津波もおこし、布部は大海になり、能義平野の地形は一変したと伝える。世人、大水を頼太水という。歴史学者は、寛文六年、あるいは寛文十三年というが、布部の郷土史では享保十二年といっている。(『安来の歴史』)

 思うに、寛永の頃の大洪水が頼太水の名で記憶され、それに後から藁の竜にまつわる伝説が付け加えられたのではなかろうか。そうすると、どうして頼太水と呼ぶのか別の問題が生じるが。

◆参考文献

・「島根の伝説」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1981)pp.135-139
・「日本伝説大系 第11巻 山陰(鳥取・島根)」(野村純一他, みずうみ書房, 1984)pp.276-279

記事を転載 →「広小路」(※一部改変あり)

 

|

« 井野と弥九郎霧 | トップページ | エイヤッ »

出雲・隠岐・鳥取」カテゴリの記事

まんが日本昔ばなし」カテゴリの記事