ここを海にしよう――厳島明神さま
◆なぜ浜田は田舎のままなのか
「日本伝説大系 第11巻 山陰(鳥取・島根)」(野村純一他, みずうみ書房, 1984)に「神仏の事業」の分類で「厳島明神」の伝説がいくつか収録されている。邑智郡から浜田市、旧那賀郡にかけてのものだが、要約すると「なぜ浜田は田舎のままなのか」ということだろうか。
浜田市折井町の厳島神社
浜田市瀬戸ヶ島町の厳島神社
浜田市松原町の厳島神社と松原湾
◆おのれ、石見のカラスどもめ
厳島明神は元々は石見の国に住んでいたという。三隅町の神本(三保から子落の奥の辺り)や室谷などがそうだったという。厳島明神はこの土地が大層気に入っておられた。
水の神である厳島明神、毎日のように船着場まで足を運んでは船に乗って海に出かけていく。
ところが、毎日のように船着場まで歩くのが面倒になってしまった厳島明神、住居は気に入っているので移したくたくない。さりとて歩くのも面倒だ。あれこれ考えた末、厳島明神は自分の住居の周り一帯の土地を海にしてしまうことにした。
浜田市三隅町室谷地区の棚田。ここの棚田も海に沈むことに……
それを周辺の者たちに語って聞かせたところ、百姓たちは自分たちの土地が海に沈んでしまってはたまらんと一致団結。厳島明神の家の周りに火を放ち、厳島明神を追い出してしまった。
突然の火事に慌てた厳島明神は二歳になる男の子を連れ、折り掛けの織物を手に着の身着のままで逃げ出した。
途中、立ち寄った村(折居など)で「ここに住まわせてくれたら、村人たちが一生困らないようにしてあげようと」言ったものの、村人にすげなく断られ追い出されてしまった。
それから中国山地を走り続けたが、織物の糸が小枝に引っかかって抜けるわ、足はカヤの葉で切って傷だらけになるわで散々だった。
ようやく海岸にたどり着くと、目の前に島が見えた。厳島明神は島に渡るとそこに住むことにした。これが広島の宮島である。
それから厳島明神が足を痛めた所のカヤの葉はいがらがなくなった。また、宮島には二歳の子を連れて行くことができない。もし連れて行ったら途中で変事が来て引き返さねばならなくなる。それは厳島明神が道中難儀をしたためである。
そして、厳島明神を追い出した土地はいつまで経っても発展しないのだという。
上記あらすじは三隅や室谷、折居の伝説をミックスしてみた。邑智郡の類話では出雲の神集いから宮島へ戻る途中で、厳島明神は妊婦の姿だったとしたものもある。
「おのれ、石見のカラスどもめ」はこちらで適当につけたもの。石見弁は語頭に「かぁ」と発声することが多いので「石見のカラス」と呼ばれたりするのだとか。
◆大島と宮島の神様――江津市黒松の伝説
江津市の浅利から黒松にかけての海に大島という名の島がある。「出雲・石見の伝説 日本の伝説48」(酒井董美, 萩坂昇, 角川書店, 1980)でこの大島にまつわる伝説が収録されている(78P)。
宮島の神さまが石見に大島という名の島があると聞き、はるばるやって来て見ると、大島とは名ばかりの小さな島であった。落胆した宮島の神さまだったが、大島の隣に一つの島が浮かび上がった。それが女島だという。
大島の神さまは宮島の神さまの姉であり、例祭も宮島より一日早くするという。
大島と女島。大島神社の鳥居が見えます。宝殿ヶ鼻より撮影。
浅利富士山頂から見た大島。大島と浅利海岸。
江津市後地町の厳島神社。
◆龍雲寺の蓮糸の袈裟
三隅の龍雲寺の方丈さんの夢枕に美しい女性が現れた。女性は自らを厳島明神と語り、自分の住居が火事になったので、龍雲寺の参道にある大岩に水をかけて欲しいと頼んだ。目覚めた方丈さんは修行僧たちに声をかけ、参道の大岩に水をかけさせた。翌朝勤行をするため集まると、そこに厳島明神が現れて蓮糸で織った袈裟を収めたという。
三隅町の龍雲寺
◆余談
厳島明神は宗像三女神だろうけど、イメージがかなり違うのが面白い。カヤの葉で手を切るのは子供のときに経験したが、都会のニュータウンに暮らす子供たちには実感できないかもしれない。
地図で確認すると、江津市の大島には神社があり、対岸の黒松には厳島神社がある。未訪問なので、帰省時にでも訪ねてみたい。
浜田市折井町の厳島神社へは国道9号線から県道303号線を入って直ぐ。折井から室谷へ抜ける狭い道で道路幅がジャスト一車線しかなく要注意。神社前が広場になっているのでそこに停められるか。訪問時はJR折井駅前に車を停めて歩いていった。
◆参考文献
・「出雲・石見の伝説 日本の伝説48」(酒井董美, 萩坂昇, 角川書店, 1980)p.78
・「日本伝説大系 第11巻 山陰(鳥取・島根)」(野村純一他, みずうみ書房, 1984)pp.52-54
・「角鄣経石見八重葎」(編集・発行者 石見地方未刊行資料刊行会, 1999)p.108
転載先 →「広小路」
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