だらじむこ カニとふんどし
出雲の昔話。
とんとん昔。
あるところに“だらじ”の若者がおったそうな。
それが婿入りすることになったところ、若者の母が
「嫁さんのところへ行ったらカニがごちそうで出るかも知れん。そうしたら、ふんどしを外して膳の先へやって食え」
と教えたそうな。
さて、婿入りすると大きなカニが膳に出たので、
「ふんどし外して食うもんだ」
と、婿はごそごそ自分のふんどしを外して膳の上へ据えてよばれた(食べた)そうな。
「お前さん、何してるの?」
嫁さんが訊くと、
「カニを食うときはふんどし外して食うもんだげな」
と婿は答えた。
「まあ、お馬鹿さん。そりゃ、お前さんのふんどしじゃなくてカニのふんどし(腹)のことだがね」
それで婿はまたふんどしをごそごそと履いて、今度はカニのふんどしを外して食ったそうな。それでこっぽし。
……という内容。「島根のむかし話」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1976)。他にも幾つか「だらじむこ」の話が収録されている。
出雲弁の語り口が面白いのだが、標準語風に直してみた。石見の話でないのだが、「島根のむかし話」は出雲地方の話の方が好みかもしれない。
◆モチーフ
「日本昔話通観 第18巻 島根」ではモチーフ構成として、
・ある食物を知らないこと
・愚かな夫
・教えられたことを誤解してやったために災害にあう
・主人公としての愚か者
と分析している。(580P)
◆だらじ
“だらじ”は怠け者の意味でなかったかなと思い調べてみると、該当する石見弁は“だらず”(怠惰な)だった。出雲弁の“だら”“だらじ”は「おばか、阿呆、間抜け」なのだとか。
Wikipedia日本語の方言の比較表によると雲伯方言、鳥取弁、但馬弁が当てはまる。
「足らず」が「だらじ」「だら」の語源のようだ。「だらじ」も「だらず」も語源は同じように思えるが出雲と石見でニュアンスが異なるのはどうしてだろう?
英語だと innocent が「純真な」「間抜け」の両義的に使われる。用法が違うが、静岡弁では「~だら?」と語尾につける。同意を促すニュアンス。
◆余談
昔、山陰本線・出雲市~京都を結ぶ鈍行の夜行列車「山陰」があった。夜、出雲市駅で乗り換えて発車を待っていたのだが、周囲の人達の会話が出雲弁で、あ、こういう感じなのかと思った。ブルートレインはほとんど姿を消したし、そういう情緒ある空間は今は少なくなったかもしれない。
◆参考文献
・「島根のむかし話」(島根県小・中学校国語教育研究会/編著, 日本標準, 1976)pp.140-142
・「日本昔話通観 第18巻 島根」(稲田浩二, 小沢俊夫/編, 同朋舎, 1978)pp.579-580
記事の転載先 →「広小路」
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