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2008年11月16日 (日)

島根における名馬池月伝説

◆洗足池

 東京都大田区南千束の洗足池公園。周囲約1.2キロメートルほどの公園。日蓮上人が足を洗ったという伝承があり、勝海舟ゆかりの地でもある。

東京都大田区南千束の洗足池公園
千束八幡神社
池月発祥伝説の由来
洗足池。千束八幡神社と池月伝説

 池のほとりにある千束八幡神社に池月という名馬の伝説がある。再起を図り洗足郷で陣を構えた源頼朝の前に一頭の野生馬が現れた。捕らえたところ、青い毛並みに白い斑点が池の水面に映る月影を思わせたので池月と名づけられた。その後、源義経が宇治川の戦いで木曽義仲を攻めた。宇治川先陣争い、佐々木高綱に下賜された池月は梶原景季操る麿墨と先陣を競い、見事勝ったとされている。

池月の絵馬
池月像

◆島根に残る池月伝説

 池月の伝説は全国に伝播したようだが、島根県にも伝説が残されている。現在の雲南市掛合町の龍頭滝(りゅうずがたき)に母馬を亡くした子馬がいた。子馬は水面に映る己の姿を母馬と思い滝壷に飛びこむことを繰り返す。やがて子馬は泳ぎの得意な馬へと成長した。

 邑智郡邑南町阿須那(あすな)(※旧羽須美村)の牛馬市に出されたその馬だが、都賀本郷で江川にさしかかった。雪解けで江川は増水していた。いかだに馬を乗せて渡そうとしたとき、馬は川に飛びこむと、増水した急な流れをものともせず向こう岸まで渡ってしまった。馬はかつてない高値で阿須那の博労に落札、その後、馬は阿須那城主に売り渡されたという(「島根の伝説」島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1981)。

邑智郡邑南町阿須那の賀茂神社
阿須那・賀茂神社と池月を繋いだとされる枯木
阿須那・賀茂神社と池月を繋いだとされる枯木
賀茂神社の神馬図
賀茂神社の神馬図
賀茂神社の文化財・解説
神馬図
江川・江津市松川町付近
江川・江津市松川町付近
江川とカヌーをする人

江川。江津市松川町付近で撮影。池月が泳いだとされるのはもっと上流ですが、とりあえず。アンテナ塔の建っている山は島ノ星山。カヌーを楽しむ人も。

 「随筆 石見物語」(木村晩翠, 白想社, 1993)にも池月の伝説が収録されている(93-94P)。買い手の博労が指を六本だしたので持ち主は六百文と思い承諾したところ、買い手の博労はこの馬は名馬の相があるので六百両でもまだ安いと言った。果たせるかな、鎌倉に引き出され頼朝に買い上げられた馬は宇治川先陣の誉れを残した、とある。
 「石見物語」では名馬池月の伝説は阿須那の他、邇摩郡馬路村、隠岐国に残っているが、話の筋が大同小異でいずれが真の出生地であるか不明であると結んでいる(94P)。

 「日本伝説大系 第十一巻 山陰(鳥取・島根)」(野村純一他, みずうみ書房, 1984)にも池月の伝説が収録されている(187-192P)。馬路の伝説の他、類話として隠岐、邇摩郡、邑智郡などのものも収録されている。逃げた池月に「駄駄」と声をかけると立ち止まったという。

 広く日本各地に伝播した伝説、島根県では邑南町阿須那(旧羽須美村)の賀茂神社に池月を繋いだとされる柏の木(現在は枯れている)が残されているとか。龍頭滝は奥出雲。

◆鹿児島県指宿市・池田湖の池月――まんが日本昔ばなし

 「まんが日本昔ばなし」では「池月」のタイトルでアニメ化されていた [※鹿児島の伝説(角川書店刊)より, 演出:芝山努, 文芸:沖島勲, 美術:千葉秀雄, 作画:藤森雅也]。
 鹿児島県指宿市の伝説で、池田湖周辺が舞台となっている。島根の伝説とは内容が異なっている。不気味な池田湖を怖れ、近寄らない人々を余所に子馬の池月と母馬は毎日のように池田湖で泳ぐようになる。その見事さが評判となり都にまで伝わる。源頼朝の命で池月は鎌倉へと送られることとなる。池月と引き離された母馬が池田湖に飛び込むと、大きな渦が母馬を呑み込んでしまったという粗筋。
 最後に鎌倉に送られた池月はその後活躍したことがナレーションで語られる。母馬は湖に姿を消してしまいました。その後、池月は活躍したそうです……と哀しいのかめでたいのかよく分らない締めくくり方をしている。
 物語冒頭で源氏の許で活躍した池月という馬がいたことを紹介し、それから伝説に入っていく構成にすればその辺の違和感は抑えられるのではないか。が、敢えてそういう構成にしたのかもしれない。いずれ出典の「鹿児島の伝説」に収録されたお話を読んでみたいと思う。

◆鹿児島の伝説

 角川書店「鹿児島の伝説 日本の伝説11」に池月の伝説が収録されている。「まんが日本昔ばなし」の原作である。

 指宿(いぶすき)と開聞(かいもん)の境目にある池田湖は九州一の湖だ。この湖では不思議なことばかり起きる。日照りが長く続いて、里の者は天を仰いでは嘆いているのみ、湖の水がどんどん増えて近くの田んぼや畑を水浸しにしてしまう。百日もそんな状態が続いて、やがてじりじりと水が退いていく。風もない穏やかな日なのに突然湖に大きな波がたってゴーゴーと一日湖は鳴り続ける。この底の知れない深い湖の底には竜がひそんでいて湖の不思議な出来事はみな竜の仕業だというのだ。本当に竜を見た者もいた。のっぴきならない用事ができて湖の側を通らなければならない場合はアビラウンケンソワカと呪文を唱えながらおっかなびっくりで急いで通るのだった。里人は恐れて池田湖には寄りつかなかった。人間だけでない。山に囲まれた湖なのに水鳥の浮かんでいるのも見かけなかった。人にも鳥にも恐れられた湖だった。

 ところが、この湖を恐れないものがいた。二頭の馬だった。雪より白い馬だった。開聞の牧場で育った馬だったが、岡越え、峠を越えて駆けてくると、不気味に静まりかえった湖の中に水しぶきをたてて飛び込むのだった。この馬は母と子の親子の馬だった。湖に飛び込むと、頭をついと水の上に出し、タテガミをふりふり、彼方の岸めがけて一直線に泳いでいくのだった。二頭の白馬は毎日湖にやって来て、こちら岸から向こう岸へ、向こう岸からこちら岸へと往復するのだった。こちら岸に泳ぎつくと、二頭の白馬は肩を並べて、いかにも睦まじそうに水際の草を食べるのだった。牧場の岡の上に二頭並んで立っている姿はほれぼれするほど美しくみごとなものだった。里の人々は遠い昔にヤマサチ命が竜宮から連れ帰った竜馬の子孫だと噂するのだった。

 この噂が遠い鎌倉まで聞こえた。頼朝公はその噂を聞くと、噂の白馬を手に入れたいと思った。子供の白馬を差し出すようにとの命が開聞の長の許に届けられた。開聞の里人は頼朝公の命を受けて、この上ない名誉と大喜びだ。早速その日の内に白馬をつれて鎌倉に旅立つことにした。子馬を連れて池田湖の見える辺りまでやって来ると、高いいななき声をあげて母馬が走ってきた。子馬の手綱を持っている男に近づくと、いきなり噛みつき蹴飛ばして荒れ狂う。驚いた牧夫たちは必死になって母馬を押さえつけた。その隙に子馬を連れた者たちはとっとと走った。母馬は去って行く子馬を見つめてヒヒンといなないた。峠の彼方に子馬が消えていってしまうまで、いななき続けた。それきり母馬は草も食べなくなってしまった。牧場の岡の上に朝から晩まで立ち尽くして子馬の去った峠をじっと見つめるのだった。思い出したように悲しげないななき声を立てるのだった。何日もそんな日が続いた。さすがに里人は哀れに思った。子馬に別れて七日目のことだった。母馬は池田湖に駆けていって湖に飛び込んで泳ぎだした。湖心までいくと、ぐるぐる激しく輪を描いて泳いだ。白馬の周りに大きな渦ができた。母馬はその渦に巻き込まれるように湖深く沈んでいった。それきり二度と再び母馬は姿を表すことはなかった。鎌倉に着いた子馬は頼朝公からひどく可愛がられ、池月と名づけられた。宇治川の合戦の折、佐々木四郎高綱が白馬に乗って一番乗りの手柄を立てた。あのときの白馬は、この池月だったのだ。

◆余談

 「日本伝説大系」の目次をみると、池月はなぜか妖怪の項目に分類されていた。

 「島根の伝説」のあとがきで
「この深さ、広さなら、馬がいくらでもとびこめますね。」と、同行の人も納得しました。大きくて広い滝つぼでした。(254P)
とあったので永く島根独自の伝説と思い込んでいた。で、疑うことなく今に至った次第。インターネットで検索して全国に広く伝播していることを知る。知らぬは我が身ばかりなりけり。

 邑智郡に池月酒造という蔵本がある。

池月酒造
池月酒造
誉池月・特別本醸造
誉池月・特別本醸造

「誉 池月」という銘柄。日本酒には全然詳しくなく、ピンからキリまで落差が激しいという程度の認識だが(普段は剣菱をときたま飲む程度)、これなら自信をもってお薦めできるのではないか。偶々近所のスーパーに在庫があったが、余所を覗いてみると置いてないようで浜田市内にはあまり出荷されていないか? バイヤーさん、GJ!

◆参考文献

・「出雲・石見の伝説 日本の伝説48」(酒井董美, 萩坂昇, 角川書店, 1980)pp.64-65, pp.89-90
・「島根の伝説」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1981)pp.198-202
・「随筆 石見物語(復刻版)」(木村晩翠, 白想社, 1993)pp.93-94
・「日本伝説大系 第十一巻 山陰(鳥取・島根)」(野村純一他, みずうみ書房, 1984)pp.187-192
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.91-92.
・『鹿児島の伝説 日本の伝説11』(椋鳩十, 有馬英子, 角川書店, 1976)p.95, pp.162-166.

記事を転載 →「広小路」(※一部改変あり)

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