◆山城の伝説
「島根の伝説」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1981)に収録されていた「雲とクモ」という伝説(36P)。
島根県邑智郡邑南町(旧石見町)にある雲井山。標高430メートルほど。山城があったという伝説がある。
戦国の世の話。井原(いはら)に雲井(くもい)城という山城があった。山が急で攻めにくく、その上、雲と蜘蛛(くも)が出てどこに城があるやら道があるやら迷ってしまう。また、蜘蛛は粘り強い糸で敵兵の身体を巻いてしまう。その隙に城中の兵が斬りこんでくるので、どうしても城は落ちなかった。
雲井城の下を流れている川は大事な飲み水であった。ところが、水を汲みに降りる娘が時々消えることがある。これはこの山の蜘蛛が娘をさらっていくからだった。これには城中の兵も村人たちも困ってしまった。
蜘蛛を退治しようと若者が言った。老人は蜘蛛と雲には深い関わりがあると制止した。が、若者はそれを聴かずに蜘蛛を皆殺してしまった。
果たして敵が攻めてきたとき、雲は湧いてこなかった。寄せ手の兵はこのときばかりと攻め寄せたので城はとうとう落ちてしまった。
http://iwami.web.fc2.com/ibara.htm
島根県邑南町(旧:石見町)の城 ←こちらのサイトで雲井城が紹介されていた。
石見町の要衝地で山頂に遺構が残されているそうだが、登山道は整備されていないとのこと。蜘蛛の伝説も紹介されている。地図上に記されていないのは山頂まで登る道がないからなのだろう。
雲井山
天蔵寺
夏にドライブしたとき、その山とは知らずに通り過ぎていた。地図で確認すると、邑南町にはいくつか山城跡が記されているが雲井山にはない。
記憶では蜘蛛が吐いたのは霧だと思っていた。読み返すと、雲を吐いたと記されている。蜘蛛と雲を引っ掛けた伝説でもある。夏にドライブしたときは雨だった。雲井山ではなく火室山(標高652メートル)もしくは冠山(標高859メートル)だと思うが、ちょうど山頂あたりに雲が掛かっているのを見た。蜘蛛が吐いたのが霧やもやではなく雲としたのはそうしたイメージからかもしれない。
清流
◆類話
「島根県邑智郡石見町民話集 2『妖怪譚』その他」(島根大学教育学部国語研究室/編, 島根大学教育学部国語研究室, 1986)に雲井城の伝説がいくつか収録されていた(74-78P)。雲井山の山麓には天蔵寺川と岩井谷川と二つの川があり、どちらが伝説の舞台かはっきりとは分からない。
類話の中には「天蔵寺」という寺院の他、「天蔵(あまくら)谷」「天蔵川」「天蔵谷」「雲井淵」という地名が見受けられるので、天蔵寺川側かもしれない。未確認。
◆蜘蛛淵伝説
蜘蛛に関して似た話も収録されている。
蜘蛛淵のほとりで一服しようとキセルを吸ったとき、大きな蜘蛛ではないが、足許に来ては、はばき(脚絆)もしくは草履にえぎ(蜘蛛の糸)を引っかけて淵の水の中へ入っていった。何度も繰り返すので、これはおかしいと蜘蛛の糸を傍らの木の株にかけ直した。蜘蛛は気づかずに糸を掛け続けていたが、しばらく後、太くなった糸がピーンと伸び引き締まった。すると、木が淵に引きずり込まれてしまったという話。
日本標準『島根の伝説』に「千八尋渕(せんやひろぶち)と長九郎(ちょうくろう)」というタイトルで類話が収録されている。これは詳細な話が未来社『石見の民話』第二集にも「千八尋渕」のタイトルで収録されている。
◆アニメ
アニメ「まんが日本昔ばなし」で放送された「浄蓮の滝の女郎ぐも」(出典:岸なみ「未来社刊より」, 演出:若林常夫, 文芸:沖島勲, 美術:門屋達郎, 作画:若林常夫)の回がほぼ同じ内容だった。舞台は天城山中の浄蓮の滝(静岡県伊豆市湯ヶ島)。蜘蛛が木こりの足に糸を掛け、それを切り株に移すと、切り株が滝壺に引きずり込まれるくだりはほぼ同様である。
このエピソードでは木こりが二人登場、一人はそのまま逃げ去る。もう一人は斧を追って滝壺に飛び込む。と、水中に女人(蜘蛛の化身)が現れ、浄蓮の滝の古木は斬ってはならない。約束を守るなら斧は返すが、決して他言してはならない。もし、誰かに話せばお前の命を奪うと言って姿を消す。無事帰った木こりだが、あるとき酒に酔ってふと漏らしてしまう。と、たちまちのうちに木こりは倒れ絶命してしまったという粗筋となっている。
◆蟹が迫城の竜――江津市渡津町
「江津市誌 下巻」(江津市誌編纂委員会/編, 江津市, 1982)第10章口承文芸の節に「蟹が迫城の竜(渡津)」という昔話が収録されている。話の筋は上記伝説とほぼ同じだが、ここでは雄と雌の竜が霧を城に張りつけていたとされている。あるとき雄の竜が城の姫を呑んでしまったため、城兵によって射殺される。雌の竜だけでは城を全部隠すことはできず落城。雌の竜は江川へ逃げてしまった。そのため水の涸れることのない池だったが、ただの堤になってしまったという内容。
◆余談
昔読んで印象に残っていたのだが、はて、どの本に収録されていたのかと思っていた。通読していなかったため見落としていた。それはともかく、やはり「島根の伝説」は暗い話が多いと再認識。
城郭ファンにとって山城の遺構を探すのも楽しみの一つだそうだが、僕がやると遭難するオチだろう。ちなみに横浜市の茅ヶ崎城址公園は市営地下鉄・センター南駅から5分少々で中世の城郭の遺構をお手軽に観察することが可能。
小学生のとき担任だったO先生、確か江津のお寺さんの出だった。又聞きなのだが、ご先祖は戦に敗れて仏門に入ったとのことで、邑智郡の歴史と深い関わり合いがあるのではないかと思う。
学生だった頃、はじめて上京して一月か二月が過ぎた。快晴の日が続いて、日本晴れとはこういうことかと実感した。無論山陰でも快晴の日はあるけど、関東に比べればやはり天気の変わりやすさはあると思う。
日本海側の空は雲が低く流れていく印象。雲の高さが違う。関東では空の高みに雲がある。個人的には関東の青空に解放感を覚えたが、人によっては山陰の低く垂れ込めた雲に圧迫感を感じるのだろうか。
正月に帰省時、朝目ざめると薄暗いまま。何時だろうと思って時計をみると7時を過ぎている。少年時代の記憶をたぐり寄せる。冬の朝は日が昇るのが遅いこともあるが、曇り空で薄暗さがしばらく続く。関東だと朝6時台でかなり明るくなるので違いを認識。
山陰の気候を疎ましく思う人もいる。暗いイメージを嫌う人もいる。実は少年時代はピンとこなかったのだが、山陰から外に出てようやく気づいた次第。
◆参考文献
・「江津市誌 下巻」(江津市誌編纂委員会/編, 江津市, 1982)
・「島根県邑智郡石見町民話集 2『妖怪譚』その他」(島根大学教育学部国語研究室/編, 島根大学教育学部国語研究室, 1986)pp.74-78
・「島根の伝説」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1981)p.36, 143.
・「伝承怪異譚――語りのなかの妖怪たち(三弥井民俗選書)」(田中瑩一, 三弥井書店, 2010)pp.149-158
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.366-368.
・邑智郷の言葉