狭姫と巨人
◆狭姫と巨人
狭姫伝説が周辺に広がっていく過程で「狭姫と巨人(おおひと)」といった伝説も生まれている。浜田市三隅町から江津市浅利町にかけての伝承であるが、要約すると
狭姫はダイダラボッチを思わせる巨人に出くわした。大山祇巨人(ヤマツミ神のことか)という名の巨人に悪意は無いが、動き回る度に大騒動である。狭姫も逃げ惑ったが、何せ小さき体故どうにもならない。
命からがら逃げ帰った狭姫であったが、ある日大穴の中で寝ている巨人に声をかけた。巨人は大山祇巨人の子で“オカミ”という名(“オカミ”は岡見の地名を取り込んだもの)であった。オカミの尊大な態度に狭姫はたじろいでしまうが、直接お目にかかりたい、と強い態度で申し出ると、「我は頭だけが人で体は蛇のようだから人も神も驚いて気を失うであろう、人を驚かすことは悪いことだから見ない方がお互いのためである」と“オカミ”は急に態度を改めてしまう。
“オカミ”は兄の足長土――“あしながつち”とも“あしなづち”とも読む――に会うよう告げた。やはり巨人でうっかりすると踏み殺されかねない。
これでは安らかな国造りはできない、狭姫は考えた。
そんなある日、狭姫は海岸で手長土(てながつち)という女の巨人と出会った。夫はあるかと問うと、「かように手長なれば」と手長土は答えた。手が長いのを恥じる手長土を狭姫は自分も人並み外れたちびだけど種を広める務めがある。手長土には手長土の務めがあると慰めた。
どこかよい土地はないかと赤雁に乗ってあちこち飛び回る狭姫。狭姫は足長土と手長土を娶わせ、巨人共々三瓶山の麓の広い土地に住まわせることにした。脚の長い足長土と手の長い手長土は互いに助け合って仲良く暮らしたという。
西の原から見た男三瓶と子三瓶。巨人が移り住んだのは、この辺りでしょうか。
狭姫伝説は二部構成のようなかたち。前半は暗いトーンなのに対し、後半の「狭姫と巨人」は明るくユーモラスである。ある意味、ドリフターズの下ネタのようなノリか。元々は三瓶山に対する信仰だったのが、益田市の高島や比礼振山周辺から東進して三瓶山に至る話となっている。
命からがらというくだりは、巨人に踏まれかけたところを赤雁が飛んできて救ったと解釈すればいいだろうか。
益田市土田町の土田海岸。狭姫はこの辺りで土田から高島へと歩いて渡る足長土を見た。
左は浅利富士(室神山)と浅利海岸。右は波子町大崎鼻から見た石見瀉と浅利富士。※クリックすると拡大します。
◆巨人伝説
巨人の伝説は本来は独立した話で、三隅町の大糞山(巨人の糞が山となった:野山岳)や、江津市の浅利富士(どびん山)の伝承(巨人がまたいだ際、巨人の睾丸に当たって山頂が欠けた)などがあり、それらを取り込んだ内容となっている。三隅町は大正時代までたたら製鉄が盛んな地域だったとのことで、巨人、小人の伝承が生まれる素地があったようだ。たたら製鉄の跡が巨人の足跡に見えたりするとか。
「日本伝説大系 第十一巻 山陰(鳥取・島根)」(野村純一他, みずうみ書房, 1984)に「大人・小人の足跡」という標題で金城町の伝説が収録されている(55-60P)。小人の足跡は長さ四寸くらいとあるので子供サイズくらいか。他、類話として那賀郡、邑智郡、美濃郡、江津市、隠岐、平田市などの話も収録されている。
左から三隅町須津の大島、高島。巨人が足と腰の泥を払ったら島となったという。
右は大麻山山頂から見た鹿島(※巨人視点だとこういう風に見えるのかもしれません)。
足長土、手長土は、福島県磐梯山にまつわる足長手長の伝承(悪さをして弘法大師に封じられる)や「甲子夜話」などに記された足長手長などの伝承(足長人が手長人を背負う、気象が変わる前触れなど)を取り込んだものと思われる。
また、アシナヅチ、テナヅチとも読んでいるので八岐大蛇伝説に登場するアシナヅチとテナヅチ(翁と媼)に引っかけていることになる。後の時代のものだが、脚や腕が長い姿として描かれてもいるようだ。
◆オカミ
オカミは龍神。淤加美と当てる事例が多いようだ。江戸時代の地誌「石見八重葎」岡見の条に八幡神社は元はオカミ神を祀っていたという記述がある。
岡見八幡宮。国道9号線は道がつけ変わっていました。
三角郷之内
抑岡見村と号以所ハ岡崎村○(※判読できず)ハ高く見上ル所ゆへ名とせり。又の説にハ出雲国深渕之水夜禮(※ねへんに豊)神ノ御祖父○(※於にしんにょう)迦美神ハ日川比賣ノ父ナリ。此○(※於にしんにょう)迦美神ノ鎮座仕給フ故名付。然ル所足利直冬石見守廿四年勤給ふ時八幡宮ナラヌ御神ハ除地不被下趣、其故に右御神ヲ八幡宮ト申上奉ル(ト)モ又ハ此御神別ニ御鎮座(ト)モ申ス。
「角鄣経石見八重葎」(同, 1999)p.121
「式内社調査報告 第二十一巻 山陰道4」(式内社研究会/編, 皇学館大学出版部, 1983)によると佐比売山神社でも闇オカミ神を合祀している(906P)。
狭姫とオカミのやり取りが面白いと思うのだが、唱歌「ハロー!この町」では割愛されている。オカミが自ら名乗る口上は水の循環(雨・川・海・水蒸気)を暗示しているとのこと。
「江津市の歴史」(山本熊太郎/編著, 1970)からセリフを抜粋。脚本風に再構成(4-6P)。
○ 現在の三隅町岡見
穴の中から雷のようないびきが聞こえてくる。
以下、狭姫とオカミのやり取り。
狭姫「穴の中に寝ているのは何者か」
オカミ「人の安眠を妨げる者こそ何者か、自ら名乗らずに人の名を
聞くとは無礼であろう」
狭姫「自分は天つ神 大食(ゲツ)之姫の子で名は狭姫、いろいろ
の食物の種をもっている神である。無礼はあやまる」
オカミ「我は国つ神大山祇巨人(おおやまぎおおひと)の子、雲を
呼び霧を立て雨を降せるから諸人は我をおかみ(岡見)と申す。
我はここに千代(ちよ)、出雲に八千代(やちよ)住み、万代
(よろずよ)は海神の国、終りには天つ国に行くものだ。(雨・
川・海・水蒸気の意)この山の名は大山といい我が父大山祇巨人
の休み場である。父はこの大山に腰かけてあの須津の海で足をす
すぐ時、爪先の土を投げたのがあの大島で、腰についた土を投げ
たのがあの高島である。父はまたこの山に腰かけながらおならを
したからこの大穴をあけた。穴の底の岩根からは水を潜って海神
の国、地を通っては根の国、底の国に抜けると出雲の国へ出る。
今見える東の涯煙立つ山(※三瓶山)がそれである」
狭姫、驚くが気を取り直す。
狭姫「御父はかしこき大神かな。御身はまた不思議な働きを持ち給
う。では、直接お目にかかりたい」
オカミ、急に態度を改める。
オカミ「父はただ大きいだけで人並の形だが、我は頭だけが人間で
体は蛇のようだから人も神も驚いて気を失うことは疑いない。人
を驚かすことは悪いことだから見ない方がお互いの為である。そ
れよりも我が兄に会いたまえ、兄は西の麓の土(※土田)という
所にいる足長土です」
○ 現在の江津市浅利海岸
手長土、長い手で魚を漁っている。
以下、狭姫と手長土とのやり取り。
狭姫「女か男か」
手長土、女と答える。
狭姫「夫があるか」
手長土「かように手長なれば――」
狭姫「自分もみられる通り人並み外れた矮姫(ちびひめ)だけれど
世になくてはならぬ食物の種をひろめる務めをもっている。御身
の手長もまた務めがある。そこで御身のために足長土という夫を
授けよう。助け合って仲良く暮すがよい」
オカミが自ら名乗るセリフは水の循環(雨・川・海・水蒸気)を意味しているとのこと。
◆巨人のその後
足長土と手長土は夫婦になり、足長土が手長土を背負って歩けば、遠いところも近く、深い水も浅く、取るも拾うも働くも難しいことがなくなった。男女相助け夫婦が一家を持つ始めであるという。
オカミは後に八幡の神と交代して今は岡見にいないが、時化の前には今でも大岩を鳴らしてお知らせがあり、故郷を忘れぬしるしという……といった説話となっている。
◆テイストの違い
狭姫伝説の前半と後半を分け、「ちび姫さん」「ちび姫と巨人」と仮題をつける。
アニメ「まんが日本昔ばなし」では角川書店、未来社、日本標準の本が出典元として多く挙げられていて、代表的な民話集と言っていいか。タイトルは異なるがいずれも狭姫伝説は収録されている。ただし、収録されているのは前半部分「ちび姫さん」だけである。
こうなっているのは、おそらく前半と後半、「ちび姫さん」「ちび姫と巨人」で作風が全く異なるからだ。「日本伝説大系」では前半後半が一体化して収録されたものも多いが、通して読むと、互いの持ち味が損なわれたようで何か変な感じがする。
「益田市誌」でも狭姫伝説を高く評価し、ページを割いているものの、後半はわずかに触れるだけである。これは、舞台が旧那賀郡から三瓶山麓に移るという理由もあるだろう。
もし、「まんが日本昔ばなし」で別々にアニメ化され、同じ日に放送されたら――明るい話と暗い話の組み合わせが多かったと記憶しているが、まさにその通りで、視聴者はテイストの違いに戸惑うだろう。
なのだが、「島根評論 石中号」所収「石中遊記」(堀伏峰)で引用された「郷土の誉れ」(大賀周太郎)を読むと、この時点(少なくとも1936年までは遡れる)で既に「ちび姫さん」「ちび姫と巨人」両方とも収録され、一体のものとなっている。引用元は不明だが、木村晩翠の「石見物語」(1932年出版)でも一部引用されている。
「ちび姫と巨人」はある意味評価が低いのかもしれない。ある本では「あどけない神話」としている。実際、子供を笑わせようとする意図が見え隠れする。一方「石中遊記」では「痛快なる神話」としている。
日本標準の「島根の伝説」、角川書店の「出雲・石見の伝説」、未来社の「石見の民話 第二集」に収録された狭姫の伝説だが、高島や大島で休もうとしたところに現れる鷹、鷲のセリフに大山祇神と足長土の名がいずれの本にも出る。
大山祇神は佐比売山神社の祭神でもあり、登場するのに特に違和感はない(ただし、木花咲耶姫は大山祇神の末子[※「乙子」の由来]だが、狭姫伝説では山祇神と対立するかたちとなっている)。一方、足長土への言及は後半の「ちび姫と巨人」の内容を受けたもの、伏線とも考えられる。編者は後半の内容も知りつつ、カットしたのかもしれない。
「ちび姫と巨人」の作中で描かれる狭姫像は石見に渡ってくるまでの幼さは抜け、成長したものである。そういう意味で、やはり両方とも紹介すべきと考えるが、一つのものとするとどうにも変なのも確かである。
日本標準の「島根の伝説」、角川書店の「出雲・石見の伝説」、未来社の「石見の民話 第二集」に収録された狭姫の伝説だが、高島や大島で休もうとしたところに現れる鷹、鷲のセリフに大山祇神と足長土の名がいずれの本にも出る。大山祇神は佐比売山神社の祭神でもあり、登場するのは特に違和感はない(ただし、木花咲耶姫は大山祇神の末子で、狭姫伝説では山祇神と対立するかたちとなっている)。一方、足長土への言及は後半の「ちび姫と巨人」の内容を受けたもの、伏線とも考えられる。編者は後半の話も知りつつ、カットしたのかもしれない。
◆三瓶山小豆原埋没林
大田市三瓶町小豆原の埋没林。上記のオカミのセリフによると、縄文時代の三瓶山の噴火は大山祇巨人の放屁が起こしたことになる。それはともかく、三瓶町小豆原の地下十数メートルに縄文時代の巨木が眠っていた。
地上の入口から螺旋状の階段を下りていくと、地下に縄文時代の三瓶山の噴火で出来た埋没林が姿を現す。地下世界という言葉を連想。三枚目に人が写っているが、いかに大きいか、良い対比になっている。
巨木と地層。地層は上下で全く異なり、土石流や火砕流の激しさが伺える。
◆参考
「江津市の歴史」の編著者・山本熊太郎は江津市出身の地理学者。島根県立図書館に所蔵された本は戦前のものだが、「江津市の歴史」は確か復刻版だった。それで狭姫やオカミのセリフにやや古い表現が見受けられるようだ。
◆参考文献(五〇音順)
・「出雲・石見の伝説 日本の伝説48」(酒井董美, 萩坂昇, 角川書店, 1980)pp.100-101
・「随筆 石見物語(復刻版)」(木村晩翠, 白想社, 1993)pp.230-231
・「江津市の歴史」(山本熊太郎/編著, 1970)pp.1-6
・「三瓶山 歴史と伝説」(石村禎久, 1984)
・「式内社調査報告 第二十一巻 山陰道4」(式内社研究会/編, 皇学館大学出版部, 1983)pp.905-909
・「島根評論 第13巻中 第6号(通巻第141号 石中号)」(島根評論社, 1936)
・「神話・伝説・史跡巡り・人物伝の一端 川平・松川地区および江津市内各地の歴史」(佐々木春季/編著, 1988)pp.1-5
・「那賀郡史」(大島幾太郎, 大島韓太郎, 1970)pp.113-119
・「日本伝説大系 第十一巻 山陰(鳥取・島根)」(野村純一他, みずうみ書房, 1984)pp.17-25, pp.55-60
・「日本の神々―神社と聖地 第七巻 山陰」(谷川健一/編, 白水社, 1985, 155-166P)
・「三隅地方の神話と伝説」(寺井実郎/編, 三隅時報社, 1960)pp.13-18
・「益田市誌」(益田市誌編纂委員会/編, 1975)pp.356-361
・「歴史の落穂拾い 出雲・石見」(石村禎久[勝郎], 石村勝郎, 2000)など。
前の記事→「乙子のちび姫さん――サヒメ」
記事を転載 →「広小路」(※一部改変あり)
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