また一人、ウルトラの星に還る
作曲家の冬木透氏がお亡くなりになられたとの報道が。僕はおそらく幼児の頃から冬木先生が作曲した音楽を聴いていたはずで、そういう意味では初めて耳にした音楽に近いかもしれない。昭和の特撮音楽を手掛けた高名な作曲家は他にもいるが、その中でも流麗なメロディを得意とされていたのではなかろうか。
作曲家の冬木透氏がお亡くなりになられたとの報道が。僕はおそらく幼児の頃から冬木先生が作曲した音楽を聴いていたはずで、そういう意味では初めて耳にした音楽に近いかもしれない。昭和の特撮音楽を手掛けた高名な作曲家は他にもいるが、その中でも流麗なメロディを得意とされていたのではなかろうか。
黒沢久子という脚本家のWikipediaを確認すると「ウルトラマンX」のシリーズ構成を担当とあった。有名怪獣であるゴモラのことを知らなかったというエピソードが紹介されていた。黒沢氏は僕と同世代だが、ゴモラを知らないということは初代ウルトラマンを見ていないということだろう。うーん、Xは見ていないけど、そういう基本中の基本を押さえていない、作品の原点を理解していない人にシリーズ構成という重責を委ねていいものだろうか。「メビウス」の赤星氏みたいな重度のマニアが担当するのも視野が狭くなって弊害があるのだけど。
たとえば平成三部作「ティガ」「ダイナ」「ガイア」の開始にあたってスタッフたちは「そもそもウルトラマンとは何者なのか?」を考え直して再定義してから作品造りに臨んでいる。作品に対する根本的な理解がないとできない作業である。
固定観念のない人の方がいい脚本を出してくる可能性があることも否定できないが、それは単発の仕事にとどまるだろう。
今回の黒沢氏の発言は原作を単なる素材としてしか見ていない。それを読み込んで深く理解しようという姿勢がないと解釈されてしまう可能性がある。
ゴモラという怪獣を知らなかったというエピソード、これは仕事を回してくれるようになるかもしれないクライアントの制作会社の代表作をチェックしていなかったというプロの物書きとしては非常にぬかった姿勢を如実に示すもの。まあ、他の作品は見ていたかもしれないが。
ウルトラシリーズは膨大なエピソード数なので全てチェックすることは不可能だが、これでは有能な脚本家を多数輩出した歴史あるシリーズということも知らないのではないか。
俳優の団時朗さんが亡くなられたとの報が。僕がリアルタイムで見たのは多分新マンからだと思う。第一話の記憶がうっすらと残っている。その後も山陰地方ではウルトラシリーズの再放送が多く、身近に感じる存在だった。
お年を召されてからは太っていたようなので、ある時期から痩せて大病でも患ったのかと思った。死因は肺がんだそうである
5ちゃんねるの専用ブラウザを開いてニュース+板に遷移したとき、スレッド一覧の中から団さん逝去のスレッドが目に飛び込んできた。見てないようで見ているようだ。
「SSSS.DYNAZENON」をバンダイチャンネルで視聴する。グリッドマンのアニメ化第二弾。この作品も巨大感の演出が素晴らしかった。ストーリー的にはオリジナルの特撮から対象年齢を上げている。オリジナルの武史の起こすサイバーテロは時代を先取りしていた感があった。アニメではそこら辺、怪獣に焦点を当てる形となった。
「SSSS.GRIDMAN」をバンダイチャンネルで視聴する。電光超人グリッドマンのシリーズでアニメ化されたもの。
実写では予算の都合で巨大感を感じさせるカットは少なかったのだけど、現代的水準のアニメだと巨大感のあるカット満載であった。
バストショットで描くのではなく、物陰から見上げる感じのカットが多く、見事であった。
今回は武史とは異なる尖った感情を持つアカネがキーマンとなる。
横浜ブルク13で『ウルトラセブン』55周年記念4K特別上映を見る。上演されたのは、「宇宙囚人303」「超兵器R1号」「盗まれたウルトラ・アイ」「史上最大の侵略(前編)」「史上最大の侵略(後編)」。これまでウルトラシリーズはSD画質でしか見たことがなかったが、4Kリマスターだと劇場の大画面でも綺麗に見えた。
「シン・ウルトラマン」を見る。初代ウルトラマンを現代の技術で再現したらこうなるといった感じの作品。CGで描画されているのだろう、すらりとしたスマートな体形。古谷敏さんもクレジットされていた。オリジナルのデザインに則ってカラータイマーは無い。
ウルトラQの怪獣を除くと、5体の怪獣・星人が登場したからダイジェスト版的な感覚だった。
初代ウルトラマンを受容した世代は既に60代になっている。そういう意味では幅広い客層をターゲットにした作品と言えるか。
俳優の渡辺裕之さんが亡くなった。特撮ファン的には「ウルトラマンガイアの石室コマンダー役。ガメラ2にも出演されていたか。子供の頃の記憶だと、デビュー当初は割とコミカルな役をやっていたような記憶がある。