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(石見の文芸シリーズ)
石見の姫神伝説:乙子狭姫、胸鉏比売、天豊足柄姫命、櫛代賀姫命など
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石見の伝説:伝説の地を巡る
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神楽と文芸(総論): 石見神楽、芸北神楽、神代神楽、太々神楽など
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神楽と文芸(各論):神楽の重要演目・人気演目
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神楽と文芸(各論2):鬼退治
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神楽と文芸(各論3):神話・歴史・エトセトラ
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昔話はなぜ面白いか(上)
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昔話はなぜ面白いか(下)
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(その他)
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2024年9月16日 (月)

行為項分析――渡廊下の寄附

◆あらすじ

 あるところに分限者(ぶげんしゃ)がいた。とてもけちで少しでもお金を出すことが嫌いで出そうとはしない。お寺の寄附なども言い訳をしてなかなか出さなかった。檀那寺の方丈はこんなことでは良くない、何とかして功徳をさせて救ってやらないと死んでから罪におちると思い、いろいろ考えた末に、近頃お寺の渡廊下が傷んで歩くのに危ない様になったが一つ寄附をしてくださらないかと言った。主人はいやな顔をして、一体どれくらい出せばいいだろうと訊いた。一両もあれば充分だろうと方丈が言うと、主人は渡廊下を直すと言えば五両や十両はいると言うに違いないと思ったのが案外少なかったので、それでは出そうと言って喜んで一両出した。方丈もこれで功徳ができたと喜んだ。ところがそれから間もなく主人は急病で亡くなった。葬式の日は分限者の旦那さまが亡くなったというので大勢の人が来て、幸い天気も良かった。坊さんもたくさん呼ばれていて、お経をあげて順々に焼香した。すると、その時今までよく晴れていた空がにわかにかき曇り、真っ黒い雲が棺を狙って舞い降りてきた。檀那寺の方丈は持っていた鉄の如意をふりかぶり、廊下、廊下と叫んで黒雲めがけて投げつけた。すると黒雲は直ちに天上へ舞い上がり、空は元のように晴れた。黒雲は火車で、棺の中の死体をさらうために来たのであった。火車は強欲な人が死ぬと死体をとって食う魔物である。居合わせた他の坊さんたちは、方丈の廊下廊下という一喝の威力に驚いて教えてくれるように頼んだ。方丈はそこで、この主人が強欲で死んだら火車にとられる様なことになってはいけないと思い、渡廊下に寄附をさせて、その功徳で救ったのだと教えたということである。

◆モチーフ分析

・あるところにけちな分限者がいた
・お寺の寄附も言い訳をしてなかなか出さなかった
・檀那寺の方丈は、何とかして功徳をさせないと死んでから罪に落ちると考えた
・方丈は分限者にお寺の渡廊下が傷んでいるので寄附してくれないか言った
・分限者は嫌な顔をして、どれくらい出せばいいか訊いた
・一両もあれば充分だと方丈が言うと、五六両と見積もっていた分限者は喜んで一両だした
・方丈はこれで功徳ができたと喜んだ
・それから間もなく分限者は急病で亡くなった
・葬式の日は大勢の人が来て、天気も良かった
・坊さんもたくさん呼ばれていて、お経をあげ順々に焼香した
・空がにわかにかき曇り、真っ黒い雲が棺を狙って舞い降りてきた
・方丈は黒雲めがけ鉄の如意をふりかぶり、廊下、廊下と叫んで黒雲めがけて投げつけた
・すると黒雲は直ちに天上へ舞い上がり、空は元の様に晴れた
・黒雲は火車で、棺の中の死体をさらうために来た
・火車は強欲な人が死ぬと死体をとって食う魔物である
・居合わせた他の坊さんたちは、方丈の一喝の威力に驚いて教えてくれるよう頼んだ
・方丈は分限者が強欲で死んだら火車にとられる様なことにならない様、渡廊下に寄附をさせて、その功徳で救ったのだと教えた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:分限者
S2:方丈
S3:人々
S4:坊さん
S5:遺族
S6:黒雲(火車)

O(オブジェクト:対象)
O1:お寺
O2:寄付
O3:功徳
O4:地獄
O5:渡り廊下
O6:一両
O7:葬式
O8:読経
O9:棺
O10:如意棒
O11:廊下の功徳
O12:死体(強欲な人の死体)


m(修飾語)
m1:けちな
m2:傷んだ
m3:嫌な
m4:充分な
m5:死んだ
m6:晴れた
m7:曇った
m8:感嘆した

X:どこか

+:接
-:離

・あるところにけちな分限者がいた
(存在)X:S1分限者+m1けちな
・お寺の寄附も言い訳をしてなかなか出さなかった
(けち)S1分限者:O1お寺-O2寄付
・檀那寺の方丈は、何とかして功徳をさせないと死んでから罪に落ちると考えた
(功徳なし)S2方丈:S1分限者-O3功徳
(地獄落ち必至)S2方丈:S1分限者+O4地獄
・方丈は分限者にお寺の渡廊下が傷んでいるので寄附してくれないか言った
(状態)O1お寺:O5渡り廊下+m2傷んだ
(依頼)S2方丈:S1分限者-O2寄付
・分限者は嫌な顔をして、どれくらい出せばいいか訊いた
(状態)S1分限者:S1分限者+m3嫌な
(質問)S1分限者:S2方丈+O2寄付
・一両もあれば充分だと方丈が言うと、五六両と見積もっていた分限者は喜んで一両だした
(回答)S2方丈:O6一両+m4充分な
(支払う)S1分限者:S2方丈+O6一両
・方丈はこれで功徳ができたと喜んだ
(安堵)S1方丈:S1分限者+O3功徳
・それから間もなく分限者は急病で亡くなった
(死去)S1分限者:S1分限者+m5死んだ
・葬式の日は大勢の人が来て、天気も良かった
(来訪)S3人々:S3人々+O7葬式
(天気良好)X:X+m6晴れた
・坊さんもたくさん呼ばれていて、お経をあげ順々に焼香した
(出席)S5遺族:S4坊さん+O7葬式
(読経)S4坊さん:S1分限者+O8読経
・空がにわかにかき曇り、真っ黒い雲が棺を狙って舞い降りてきた
(曇天)X:X+m7曇った
(襲撃)S6黒雲:S6黒雲+O9棺
・方丈は黒雲めがけ鉄の如意をふりかぶり、廊下、廊下と叫んで黒雲めがけて投げつけた
(投げつけ)S2方丈:S6黒雲+O10如意棒
(提示)S2方丈:S6黒雲+O11廊下の功徳
・すると黒雲は直ちに天上へ舞い上がり、空は元の様に晴れた
(退散)S6黒雲:S6黒雲-O9棺
(快晴)X:X+m6晴れた
・黒雲は火車で、棺の中の死体をさらうために来た
(正体)S6黒雲:S6火車+O12死体
・火車は強欲な人が死ぬと死体をとって食う魔物である
(性質)S6火車:S6火車+O12強欲な人の死体
・居合わせた他の坊さんたちは、方丈の一喝の威力に驚いて教えてくれるよう頼んだ
(驚愕)S4坊さん:S2方丈+m8感嘆した
(依頼)S4坊さん:S2方丈+S4坊さん
・方丈は分限者が強欲で死んだら火車にとられる様なことにならない様、渡廊下に寄附をさせて、その功徳で救ったのだと教えた
(教え)S2方丈:O11廊下の功徳-S6火車

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(分限者のケチさでどうなるか)
           ↓
送り手(方丈)→寄付の依頼(客体)→ 受け手(分限者)
           ↑
補助者(なし)→ 方丈(主体)←反対者(分限者)

  聴き手(火車の登場でどうなるか)
           ↓
送り手(火車)→死体を奪おうとする(客体)→ 受け手(分限者)
           ↑
補助者(なし)→ 火車(主体)←反対者(方丈)

  聴き手(火車を撃退した方丈はどう振る舞うか)
           ↓
送り手(方丈)→教訓の教示(客体)→ 受け手(坊さん)
           ↑
補助者(なし)→ 方丈(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。ケチな分限者がいて村の困りごとにも中々金を出さなかった。功徳を積まないと死後に地獄に落ちると考えた方丈は分限者に寺の渡り廊下の修理代を寄付するようもちかける。方丈が安い金額を提示したので喜んで応じた分限者だった。それから分限者は急死してしまった。葬式の際、大勢の坊さんたちが集まった。そこに天から火車が現れ、強欲だった分限者の死体をとって食おうとした。方丈は渡り廊下の功徳を強調して火車を退散させることに成功したという筋立てです。

 分限者―方丈、坊さん―分限者、火車―分限者、火車―方丈、方丈―坊さん、といった対立軸が見受けられます。葬式/火車の図式に分限者のケチさが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

方丈♌☾(♁)―分限者♁―火車♂♎―坊さん☾(♁)☾(♌)―人々☾

 といった風に表記できるでしょうか。分限者が火車の襲撃(地獄行き)を免れることを価値☉と置くと、分限者はその享受者♁となります。方丈は分限者に少額ながらでも寄附を促し火車を退散させますので分限者の援助者☾でもあります。火車はケチな分限者を狙う対立者であり、また渡り廊下の寄付を認めて退散しますので審判者♎でもあります。坊さんたちは本来は分限者の葬儀のために集まったので分限者の援助者☾ですが、方丈の教訓を引き出す役割を果たしますので主体の援助者☾とも置けます。葬儀に参列した人々は騒動を目撃するのみですので、ただの援助者☾としておきましょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「分限者の寄附はどんな結果をもたらすか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「渡廊下の寄附が一両のみ」「火車の登場」でしょうか。「方丈―渡廊下/寄附=一両―分限者」「葬式―火車―棺」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:分限者の寄附はどんな結果をもたらすか
        ↑
発想の飛躍:渡廊下の寄附が一両のみ
      火車の登場

・方丈―渡廊下/寄附―分限者
     ↑
・渡廊下―寄附=一両
・葬式―火車―棺

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「渡廊下の寄附」ですと「ケチな分限者がいたが生前、少額ながら渡廊下への寄附を行っていたため、その功徳で火車に食われることを免れた」くらいでしょうか。

◆余談

 火車は妖怪ですが『石見の民話』では他のお話「山椒九右衛門」「化け猫」にも登場します。

 この昔話はアニメ「まんが日本昔ばなし」の出典としてクレジットされています。そうすると、石見の昔話が源流と思われるかもしれませんが、山形県のお寺の伝説ともなっているそうです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.304-305.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月15日 (日)

行為項分析――山小屋の不思議

◆あらすじ

 昔、門田の明比谷(あけひだに)という大きな山で木挽(こび)きが三人で小屋を作って泊まり込んで毎日木を伐ったり板にしたりしていた。ところがある晩、一人が死んだので、近くの集落へ知らせに出ることになった。死んだものを一人おいて二人で出かける訳にはいかないので、一人が死んだ人の番をして、もう一人が出かけることにした。何しろ人里離れた山の中であり、夜のことだから、残って死人の番をしている方も、夜道を一人で出かける方も気持ちの悪いことで、どちらも山には慣れていて度胸がよいので、一人が死人の番をし、一人が出かけた。残った方は囲炉裏(いろり)の火を消えないように焚きながら仲間が帰ってくるのを待っていた。すると、死人がむくむくと起き上がった。番をしていた木挽きはびっくりした。こんなことは生まれて初めてだ。しばらくすると死人はばったり倒れた。番をしていた男は思わずほっとして胸をなで下ろした。ところがしばらくすると、死人がまた起き上がった。おや、と思って見ているとしばらくするとまた倒れた。いくら度胸のすわった男でも気持ちのいいことではない。それでもどうしようもないので火を焚きながら仲間の帰るのを今か今かと待っていた。知らせにいった方は小屋ではさぞ待っているだろうと思って、一生懸命急いで村へ下りて手前の家に知らせて頼んでおくとすぐ引き返した。そうして小屋の前まで帰ってくると、戸口のところに何か変なものがいて、のびあがったりしゃがんだりしている。男はこっそり裏へ回って、ソマを持ってくるといきなり戸口にいるものに切りつけた。するとギャッという叫び声がして動かなくなった。留守番をしていた木挽きが火をもって出てみると、大きな狸が肩口を切られて死んでいた。それで死人が起きたり倒れたりしたのは狸のしわざだと分かった。

◆モチーフ分析

・門田の明比谷という山で三人の木挽きが小屋を作って泊まり込んで毎日木を伐ったり板にしたりしていた
・ある晩、一人が死んだので、近くの集落へ知らせに出ることになった
・一人が死んだ者の番をして、もう一人が出かけることにした
・二人とも度胸があって、残った方が囲炉裏の火を消えないように焚きながら仲間が帰ってくるのを待っていた
・すると、死人がむくむくと起き上がった
・番をしていた木挽きはびっくりした
・死体はしばらくすると、ばったり倒れた
・番をしていた男はほっと胸をなで下ろした
・すると、死人がまた起き上がって、また倒れた
・気持ち悪いが、どうしようもないので火を焚きながら仲間の帰ってくるのを今か今かと待っていた
・知らせに行った男は一生懸命に急いで村へ下りて知らせると、すぐに引き返した
・小屋の前まで帰ってくると、何か変なものがいて伸び上がったりしゃがんだりしている
・男はこっそり裏へ回ってソマで戸口にいるものに切りつけた
・ギャッという叫び声がして動かなくなった
・留守番をしていた木挽きが火をもって出てみると、大きな狸が肩口を切られて死んでいた
・それで狸のしわざだと分かった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:木挽き(死者)
S2:木挽き(番)
S3:木挽き(使い)
S4:狸(変なもの)

O(オブジェクト:対象)
O1:明比谷
O2:小屋
O3:伐採
O4:製材
O5:集落
O6:囲炉裏
O7:裏手
O8:悲鳴

m(修飾語)
m1:死んだ
m2:度胸がある
m3:起きた
m4:驚いた
m5:倒れた
m6:安堵した
m7:気味が悪い
m8:変な挙動の
m9:動かない

+:接
-:離

・門田の明比谷という山で三人の木挽きが小屋を作って泊まり込んで毎日木を伐ったり板にしたりしていた
(生活)O1明比谷:(S1木挽き+S2木挽き+S3木挽き)+O2小屋
(仕事)(S1木挽き+S2木挽き+S3木挽き):(S1木挽き+S2木挽き+S3木挽き)+(O3伐採+O4製材)
・ある晩、一人が死んだので、近くの集落へ知らせに出ることになった
(死亡)S1木挽き:S1木挽き+m1死んだ
()(S2木挽き+S3木挽き):(S2木挽き+S3木挽き)+O5集落
・一人が死んだ者の番をして、もう一人が出かけることにした
(番)S2木挽き:S2木挽き+S1死者
(使い)S3木挽き:S3木挽き-O2小屋
・二人とも度胸があって、残った方が囲炉裏の火を消えないように焚きながら仲間が帰ってくるのを待っていた
(性質)(S2番+S3使い):(S2番+S3使い)+m2度胸がある
(囲炉裏番)S2番:S2番+O6囲炉裏
(待つ)S2番:S3使い+O2小屋
・すると、死人がむくむくと起き上がった
(起立)S1死者:S1死者+m3起きた
・番をしていた木挽きはびっくりした
(驚愕)S2番:S2番+m4驚いた
・死体はしばらくすると、ばったり倒れた
(倒れる)S1死者:S1死者+m5倒れた
・番をしていた男はほっと胸をなで下ろした
(安堵)S2番:S2番+m6安堵した
・すると、死人がまた起き上がって、また倒れた
(起立)S1死者:S1死者+m3起きた
(倒れる)S1死者:S1死者+m5倒れた
・気持ち悪いが、どうしようもないので火を焚きながら仲間の帰ってくるのを今か今かと待っていた
(不審)S2番:S2番+m7気味が悪い
(待つ)S2番:S3使い+O2小屋
・知らせに行った男は一生懸命に急いで村へ下りて知らせると、すぐに引き返した
(報告)S3使い:S3使い+O5集落
(引き返す)S3使い:S3使い-O5集落
・小屋の前まで帰ってくると、何か変なものがいて伸び上がったりしゃがんだりしている
(到着)S3使い:S3使い+O2小屋
(視認)S3使い:S4変なもの+m8変な挙動の
・男はこっそり裏へ回ってソマで戸口にいるものに切りつけた
(迂回)S3使い:S3使い+O7裏手
(攻撃)S3使い:S3使い+S4変なもの
・ギャッという叫び声がして動かなくなった
(悲鳴)S4変なもの:S4変なもの+O8悲鳴
(停止)S4変なもの:S4変なもの+m9動かない
・留守番をしていた木挽きが火をもって出てみると、大きな狸が肩口を切られて死んでいた
(視認)S2番:S4狸+m1死んだ
・それで狸のしわざだと分かった
(判明)(S2番+S3使い):S4狸+S1死体

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(使いが戻ってくるまでにどうなるか)
           ↓
送り手(番)→死者の番をする(客体)→ 受け手(死者)
           ↑
補助者(なし)→ 番(主体)←反対者(なし)

  聴き手(使いはいつになったら戻ってくるか)
           ↓
送り手(使い)→死者が出たことを知らせにいく(客体)→ 受け手(集落)
           ↑
補助者(なし)→ 使い(主体)←反対者(なし)

   聴き手(異常事態に番役はどうするか)
           ↓
送り手(死者)→ひとりでに動く(客体)→ 受け手(番)
           ↑
補助者(なし)→ 番(主体)←反対者(死者)

   聴き手(得体のしれないものに対しどうするか)
           ↓
送り手(使い)→斧で切りつける(客体)→ 受け手(変なもの)
           ↑
補助者(なし)→ 使い(主体)←反対者(変なもの)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。三人の木挽き(木こり)が山中に小屋を作ってそこで仕事をしていましたが、あるとき一人が死んでしまいました。残された二人の内、一人が番をしてもう一人が村へ使いに出ることになりました。死者の番をしていた木挽きですが、死んだはずの木挽きが急に動き出して驚きます。すぐに死者は動かなくなりますが、番の者は驚き不審に思い、使いの者が帰ってくるのを待ちます。使いの者は村へ報告した後、すぐに引き返しますが、戻ってみると、小屋の外で何か変なものが伸びたり縮んだりしているのを目撃します。こっそり忍び寄った使いの者は斧で切りつけます。それは狸の仕業だったという筋立てです。番の者と使いの者との勇気が強調されています。

 死者―番の者、使いの者―集落、使いの者―変なもの(狸)、といった対立軸が見受けられます。死者/狸の図式に狸は悪さをする動物でもあるという民間信仰が、狸/ソマの図式には悪しきものを成敗する力が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

番の者♌♎☾(♌)♁―使いの者♌♎☾(♌)―死者☾(♂)―変なもの(狸)♂

 といった風に表記できるでしょうか。番の者と使いの者とは互いに協力しあっていますので、援助者☾同士とみることもできます。狸は対立者ですが、死者を使役します。使役される死者は対立者の援助者☾(♂)と置くことができるでしょうか。価値☉を何に置くかですが、ここでは使いの者が戻るまで死者の番を務めることでしょうか。すると、恐怖に耐え続けた番の者が享受者♁と置くことができるでしょうか。また、番の者と使いの者とは結果的に狸の仕業だったと知りますので審判者♎とも置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「死者の番で無事一晩過ごせるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「狸が死体を操る」でしょうか。「木挽き―死者―狸」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:死者の番で無事一晩過ごせるか
        ↑
発想の飛躍:狸が死体を操る

・番の者―死者―使いの者
     ↑
・木挽き―死者―狸

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「山小屋の不思議」ですと「死体がひとりでに動くので不気味に思ったところ、狸の仕業であった」くらいでしょうか。

◆余談

 木挽き(木こり)は山の中で孤立して生活していますので、彼らの小屋には様々な非日常的な存在が訪れます。それは時には死をもたらす妖怪だったり、逆に彼らを守護する土地神だったりします。「山小屋の不思議」では彼らを助ける存在は登場しません。自力救済ですが、彼らは自分自身の勇気で異常事態を乗り越えるのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.302-303.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月14日 (土)

行為項分析――「空」の塔婆

◆あらすじ

 昔あるところに大変貧乏な親子がいた。父親が死んだが、貧乏なので法事をすることができなかった。ある夕方、坊さんが一夜泊めてくれと言ってきた。息子は自分は親父が死んでも法事もよくできない程で、あなたを泊めても食べさせるご飯もないと言った。坊さんはそれなら今晩泊めてくれ、そうしたら親父さんの法事をしてやろうと言った。息子はたいそう喜んで坊さんを泊め、食べさせるものがないので、自分の粗末な食べ物を食べさせた。坊さんはそれで結構と言って夕飯を済ますと、何でもよいから木を一本削ってこいと言った。息子は一本の木を鉋(かんな)できれいに削ってくると、坊さんは筆を出して塔婆にして字を書いて、お経を読んでくれた。坊さんは朝出るときこれを墓へ持っていって立てなさいと言ってどこへともなく行ってしまった。するとそこへ友達がやって来た。息子が昨夜坊さんが来て法事をしてもらったと言って塔婆を出して見せた。友達は手にとって見ていたが、お前、坊さんにお布施をあげなかっただろうと言った。金がないからあげなかったと言うと、そうだろう、塔婆には悪口が書いてあると言って塔婆の字を読んで聞かせた。それには「斎(とき)ばかり布施はなにわの白塔婆 手向けに書くぞ 空の一字を」として「空」という字が一字書いてあった。息子はそれを聞くと腹を立てて、塔婆は裏の小川に投げた。その晩息子が寝ていると、父親が夢枕に立って、あの塔婆のおかげで自分は成仏した。塔婆は井手にかかっているから拾ってきて立ててくれと言った。息子があくる朝小川を探していくと、塔婆は少し川下の井手にかかっていたので大事に拾って帰って、父親の墓に立てた。

◆モチーフ分析

・貧乏な親子がいた
・父親が死んだが貧乏なので法事をすることができなかった
・ある夕方、坊さんが一夜泊めてくれと言ってきた
・息子は法事もできない程貧しく、食べさせるご飯もないと断った
・坊さんはそれなら親父さんの法事をしてやろうと言った
・息子は喜んで坊さんを泊め、自分の粗末な食べ物を与えた
・坊さんはそれで結構と夕飯を済ませると、木を一本削ってこいと言った
・息子が鉋で木を削ってくると、坊さんはそれを塔婆にしてお経を読んだ
・坊さんは塔婆を墓へ持っていって立てなさいと言って、どこへともなく行ってしまった
・友達がやって来て、息子は塔婆を見せた
・友達は塔婆に悪口が書いてあるといって読んできかせた
・歌が一首と「空」の一字が書いてあった
・腹をたてた息子は塔婆を裏の小川に投げた
・その晩息子が寝ていると父親が夢枕に立った
・父親は塔婆のおかげで自分は成仏できた。塔婆を拾ってきて立ててくれと言った
・明くる朝、息子は小川を探すと塔婆は川下の井手にかかっていた
・息子は塔婆を大事に拾って帰って父親の墓に立てた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:息子
S2:父
S3:坊さん
S4:友達

O(オブジェクト:対象)
O1:法事
O2:食事
O3:家
O4:木
O5:塔婆
O6:経
O7:墓
O8:悪口
O9:歌
O10:空の字
O11:お布施
O12:小川
O13:井出

m(修飾語)
m1:貧乏な
m2:死んだ
m3:削った
m4:立腹した
m5:就寝した
m6:成仏した

X:どこか

+:接
-:離

・貧乏な親子がいた
(存在)X:(S1息子+S2父)+m1貧乏な
・父親が死んだが貧乏なので法事をすることができなかった
(死亡)S2父:S2父+m2死んだ
(挙行不能)S1息子:S2父-O1法事
・ある夕方、坊さんが一夜泊めてくれと言ってきた
(来訪)S3坊さん:S3坊さん+S1息子
・息子は法事もできない程貧しく、食べさせるご飯もないと断った
(断り)S1息子:O1法事-m1貧乏な
(断り)S1息子:S3坊さん-O2食事
・坊さんはそれなら親父さんの法事をしてやろうと言った
(提案)S3坊さん:S2父+O1法事
・息子は喜んで坊さんを泊め、自分の粗末な食べ物を与えた
(宿泊)S1息子:S3坊さん+O3家
(譲渡)S1息子:S3坊さん+O2食事
・坊さんはそれで結構と夕飯を済ませると、木を一本削ってこいと言った
(食事)S3坊さん:S3坊さん+O2食事
(依頼)S3坊さん:S1息子+O4木
(依頼)S1息子:O4木+m3削った
・息子が鉋で木を削ってくると、坊さんはそれを塔婆にしてお経を読んだ
(譲渡)S1息子:S3坊さん+O4木
(見立てる)S3坊さん:O4木+O5塔婆
(読経)S3坊さん:S2父+O6経
・坊さんは塔婆を墓へ持っていって立てなさいと言って、どこへともなく行ってしまった
(命令)S3坊さん:S1息子+(O5塔婆+O7墓)
(退去)S3坊さん:S3坊さん-S1息子
・友達がやって来て、息子は塔婆を見せた
(来訪)S4友達:S4友達+S1息子
(提示)S1息子:S4友達+O5塔婆
・友達は塔婆に悪口が書いてあるといって読んできかせた
(指摘)S4友達:O5塔婆+O8悪口
(提示)S4友達:S1息子+O8悪口
・歌が一首と「空」の一字が書いてあった
(内容)O5塔婆:O9歌+O10空の字
(意味)O10空の字:S3坊さん-O11お布施
・腹をたてた息子は塔婆を裏の小川に投げた
(立腹)S1息子:S1息子+m4立腹した
(投棄)S1息子:O5塔婆+O12小川
・その晩息子が寝ていると父親が夢枕に立った
(就寝)S1息子:S1息子+m5就寝した
(登場)S2父:S2父+S1息子
・父親は塔婆のおかげで自分は成仏できた。塔婆を拾ってきて立ててくれと言った
(夢告)O5塔婆:S2父+m6成仏した
(回収依頼)S2父:S1息子+O5塔婆
・明くる朝、息子は小川を探すと塔婆は川下の井手にかかっていた
(捜索)S1息子:S1息子+O12小川
(発見)S1息子:O5塔婆+O13井出
・息子は塔婆を大事に拾って帰って父親の墓に立てた
(回収)S1息子:S1息子+O5塔婆
(修復)S1息子:O5塔婆+O7墓

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(貧乏な息子はどうするか)
           ↓
送り手(息子)→法事を行えない(客体)→ 受け手(父)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)

  聴き手(法事を行ってもらった結果どうなるか)
           ↓
送り手(坊さん)→宿泊と法事の交換(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)

  聴き手(歌の意味を知った息子はどうするか)
           ↓
送り手(友達)→塔婆の歌の意味を教える(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(友達)→ 息子(主体)←反対者(坊さん)

  聴き手(夢のお告げで息子はどうするか)
           ↓
送り手(父)→捨てた塔婆を拾うよう告げる(客体)→ 受け手(息子)
           ↑
補助者(なし)→ 息子(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。貧乏な息子は父親が死んでも法事を行うことができませんでした。そうしたところに旅の坊さんが訪れ、一夜の宿と法事とを交換条件にして読経してもらいます。坊さんは塔婆を残して去りましたが、その塔婆を友人に見せたところ、お布施がなかったことが皮肉として詠まれていました。怒った息子は塔婆を投げ捨ててしまいますが、夢枕に父が現れ、自分はあの塔婆のおかげで成仏できたのだから元に戻して欲しいと頼みます。小川を探すと井出に引っかかっていたので回収して墓に立てたという筋立てです。

 息子―父、息子―坊さん、息子―友達、息子―塔婆、父―塔婆、といった対立軸が見受けられます。空/お布施という図式に貧乏なのでお布施すら払ってもらえなかったという皮肉が込められています。ただ、お布施の欠如がきっかけで書かれた「空」の一字が成仏に繋がるという皮肉さ/有難さが暗喩されてもいます。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

息子♌―父♁♎―坊さん☾(♁)☾(♌)(±)―友達☾(♌)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。成仏することを価値☉と置くと、死んだ父はその享受者♁となります。また、坊さんが詠んだ歌の皮肉に怒った息子は一旦塔婆を捨ててしまいますが、「空」の字で成仏できたと夢告しますので審判者♎とも置けるでしょう。坊さんは息子と父両者の援助者☾となります。お布施を払えなかった息子に対しては皮肉を残しますのでプラスマイナスの援助者☾±としていいかもしれません。友達は息子の援助者ですが塔婆に書かれた歌の真意を告げますので、これもマイナスの援助者☾としていいでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「一夜の宿と法事を交換した貧乏な息子はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「塔婆に皮肉が書いてあった」でしょうか。「坊さん―空/塔婆―息子―友達」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:一夜の宿と法事を交換した貧乏な息子はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:塔婆に皮肉が書いてあった

・坊さん―一夜の宿/法事―息子
       ↑
・友達―悪口/塔婆―息子

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 『「空」の塔婆』ですと「坊さんから貰った塔婆の意味を知り怒りで捨てた息子だったが、塔婆に書かれた空の一字のおかげで父が成仏できたと知り、塔婆を探して墓に立てた」くらいでしょうか。

◆余談

 執筆の一月ほど前に母方の叔父の葬儀がありました。親族として参列したので何もなかったのですが、いざ自分が当事者となったら幾らくらい費用がかかるのか知りませんので、そのときに適切に振る舞えるかなという不安感はあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.300-301.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月13日 (金)

行為項分析――河野十内

◆あらすじ

 昔、鍋石に河野十内(こうのじゅうない)という力の強い人がいた。これは天狗に力を授かったものと言うことで、向う倍力と言ってどんな力の強い人が来ても十内はその倍の力がでるのだった。あるとき大阪から三人の力持ちが十内と力比べをしようと言ってやって来た。ちょうど十内は留守で奥さんが一人留守番をしていた。力持ちは十内が留守だということを聞くと、玄関に腰を下ろして休んでいた。すると、そこに曲がった大きな鉄の棒が立てかけてあった。奥さんは旦那さまと言ったら杖を曲げておいてと独り言を言いながら手でつるつるとしごいた。すると曲がっていた棒は何のこともなくまっすぐになった。三人の力持ちはそれを見て、おかみさんさえあの通りなら、主人はとても我々の及ぶところではないと言ってこそこそと逃げ帰った。十内は「もとよのみや」という家に住んでいたが、家を普請する時、奥さんは青竹をすこいで縄のようにして、竹の節がめきめきと割れるのを差し出すと、十内はそれで屋中竹を縛りつけたと言うことで、近年まで竹で縛った屋中竹が残っていたという。昔、芸州の八幡(やはた)では毎年広島へ萱(かや)を年貢の代わりに納めていた。十内は、お前たちは萱を丈夫な輪をもって荷造りしておけ、自分が一荷に負うていってやると言った。皆は十内のいう通りにしたが、中に一人、とても手に合うまいと思って、そのおいこ縄(背負う縄)を自分の家の柱に引っかけておいた。十内は道中の村々に何月何日河野十内が萱を負うて出るから用心しておれとふれをしておいた。その日になると、十内は八幡中で納める萱を一まとめにして、ごっそごっそ負うて出たので、道ばたの木や小屋などは皆箒で撫でたように倒れ、おいこ縄を家の柱に結わいつけておいた家は家ごとどんどん引きずって広島の町へ出たので、広島の町も大変傷んだ。それから広島へ萱を出すことは止めになった。漁山(いさりやま)の浅間(せんげん)さんの足ガ鞍(くら)にはうわばみがいた。ある日十内はうわばみ退治に出かけた。すると大きな木が倒れていたので、それに腰をかけて休んでいた。十内は鉄砲を足先にかけていたが、小さな蛇が指先を舐めていると思っていたところ、いつの間にか膝まで呑んでいた。そこで十内はドカンと一発鉄砲を口の中へ撃ち込んだので、うわばみは一発で死んでしまった。うわばみの死骸の下には白銀の花が咲くといって、下の土まで人が金を出して買って帰ったという。あるとき百姓が「とりのす」で堆肥を一荷ずつ負うていくのを見て十内は自分が蹴散らしてやろうといって足で田毎に蹴散らしてやった。ところが十内の力はその時から無くなってしまった。堆肥は不浄の物だから、それを天狗が嫌って力を取り上げてしまったのだった。

◆モチーフ分析

・鍋石に河野十内という力持ちがいた
・天狗に力を授かったもので、どんな力の強い人が来ても十内はその倍の力がでる
・大阪から三人の力持ちが十内と力比べするためにやって来た
・十内は留守で奥さんが一人で留守番していた
・力持ちは十内が留守だというので、玄関で休んだ
・奥さんが曲がった鉄の棒をしごいてまっすぐにさせた
・三人の力持ちが奥さんでこうなら主人はとても力の及ぶところでないと逃げ帰る
・芸州の八幡では毎年広島へ萱を年貢に納めていた
・十内は自分が一荷で負うてやると言った
・一人、おいこ縄を自分の家の柱に引っかけておいた
・十内は何月何日に萱を負うて出るから用心せよとふれを出した
・その日になると十内は八幡中で納める萱を一まとめにして、ごっそり負うて出た
・道ばたの木や小屋は萱で撫でられたように倒れた
・縄を家の柱に結わえていた家は家ごと引きずられた
・広島の町も傷んで、広島へ萱を出すのは止めになった
・漁山の浅間さんにうわばみがいて、十内はそれを退治に出かけた
・小さな蛇が指先を舐めていると思ったら、いつの間にか膝まで呑まれていた
・十内は鉄砲を蛇の口の中に撃ち込んだので、うわばみは一発で死んだ
・百姓が堆肥を一荷ずつ負うていくので、十内が自分がやろうと言って、足で田毎に蹴散らしてやった
・十内の力はその時から無くなってしまった
・堆肥は不浄のものだから、天狗が嫌って力を取り上げてしまったのだった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:十内
S2:天狗
S3:力持ち
S4:奥さん
S5:ある男
S6:うわばみ(小さな蛇)
S7:百姓

O(オブジェクト:対象)
O1:鍋石
O2:力
O3:十内の家
O4:鉄棒
O5:八幡
O6:広島
O7:萱
O8:年貢
O9:縄
O10:柱
O11:家
O12:布告
O13:木
O14:小屋
O15:もとあった地
O16:漁山
O17:銃弾
O18:堆肥
O19:田

m(修飾語)
m1:力持ちの
m2:倍の
m3:休んだ
m4:まっすぐ
m5:まとめた
m6:倒れた
m7:傷んだ
m8:死んだ
m9:不浄の

+:接
-:離

・鍋石に河野十内という力持ちがいた
(存在)O1鍋石:S1十内+m1力持ちの
・天狗に力を授かったもので、どんな力の強い人が来ても十内はその倍の力がでる
(由来)S2天狗:S1十内+O2力
(倍力)S1十内:S1十内+S3力持ち
(倍力)S1十内:O2力+m2倍の
・大阪から三人の力持ちが十内と力比べするためにやって来た
(来訪)S3力持ち:S3力持ち+O1鍋石
(来訪)S3力持ち:S3力持ち+S1十内
・十内は留守で奥さんが一人で留守番していた
(不在)S1十内:S1十内-O3十内の家
(留守番)S4奥さん:S4奥さん+O3十内の家
・力持ちは十内が留守だというので、玄関で休んだ
(休憩)S3力持ち:S3力持ち+m3休んだ
・奥さんが曲がった鉄の棒をしごいてまっすぐにさせた
(怪力発揮)S4奥さん:O4鉄棒+m4まっすぐ
・三人の力持ちが奥さんでこうなら主人はとても力の及ぶところでないと逃げ帰る
(劣後)S3力持ち:S1十内-S3力持ち
(逃散)S3力持ち:O3十内の家-S3力持ち
・芸州の八幡では毎年広島へ萱を年貢に納めていた
(貢納)O5八幡:O6広島+O7萱
・十内は自分が一荷で負うてやると言った
(宣言)S1十内:S1十内+O7萱
・一人、おいこ縄を自分の家の柱に引っかけておいた
(仕掛け)S5ある男:(O11家+O10柱)+O9縄
・十内は何月何日に萱を負うて出るから用心せよとふれを出した
(警告)S1十内:O5八幡+O12布告
・その日になると十内は八幡中で納める萱を一まとめにして、ごっそり負うて出た
(荷造り)S1十内:O7萱+m5まとめた
(出発)S1十内:S1十内+O7萱
・道ばたの木や小屋は萱で撫でられたように倒れた
(倒壊)O7萱:(O13木+O14小屋)+m6倒れた
・縄を家の柱に結わえていた家は家ごと引きずられた
(牽引)(O7萱+O9縄):O15もとあった地-O11家
・広島の町も傷んで、広島へ萱を出すのは止めになった
(被害発生)O7萱:O6広島+m7傷んだ
(中止)O5八幡:O6広島-O7萱
・漁山の浅間さんにうわばみがいて、十内はそれを退治に出かけた
(存在)S6うわばみ:S6うわばみ+O16漁山
(狩り)S1十内:S1十内+S6うわばみ
・小さな蛇が指先を舐めていると思ったら、いつの間にか膝まで呑まれていた
(接触)S6小さな蛇:S6小さな蛇+S1十内
(危機)S1十内:S6うわばみ+S1十内
・十内は鉄砲を蛇の口の中に撃ち込んだので、うわばみは一発で死んだ
(狙撃)S1十内:S6うわばみ+O17銃弾
(死亡)S6うわばみ:S6うわばみ+m8死んだ
・百姓が堆肥を一荷ずつ負うていくので、十内が自分がやろうと言って、足で田毎に蹴散らしてやった
(背負う)S7百姓:S7百姓+O18堆肥
(手伝い)S1十内:S1十内+S7百姓
(蹴散らす)S1十内:O19田+O18堆肥
・十内の力はその時から無くなってしまった
(喪失)S1十内:S1十内-O2力
・堆肥は不浄のものだから、天狗が嫌って力を取り上げてしまったのだった
(性質)O18堆肥:O18堆肥+m9不浄の
(嫌悪)S2天狗:S2天狗-m9不浄の
(剥奪)S2天狗:S1十内-O2力

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(怪力を得た十内はどうなるか)
           ↓
送り手(天狗)→怪力(客体)→ 受け手(十内)
           ↑
補助者(なし)→ 天狗(主体)←反対者(なし)

 聴き手(奥さんの怪力を目の当たりにした力持ちたちはどうなるか)
           ↓
送り手(奥さん)→鉄棒をまっすぐに直す(客体)→ 受け手(力持ち)
           ↑
補助者(なし)→ 奥さん(主体)←反対者(力持ち)

   聴き手(萱をまとめて背負ったらどうなるか)
           ↓
送り手(十内)→年貢の萱をまとめて背負う(客体)→ 受け手(八幡)
           ↑
補助者(なし)→ 十内(主体)←反対者(なし)

  聴き手(うわばみ退治に出かけた十内はどうなるか)
           ↓
送り手(十内)→退治する(客体)→ 受け手(うわばみ)
           ↑
補助者(なし)→ 十内(主体)←反対者(うわばみ)

  聴き手(不浄のものに触れた十内はどうなるか)
           ↓
送り手(十内)→代わりに堆肥を撒く(客体)→ 受け手(百姓)
           ↑
補助者(なし)→ 十内(主体)←反対者(なし)

  聴き手(天狗に嫌悪された十内はどうなるか)
           ↓
送り手(天狗)→怪力の剥奪(客体)→ 受け手(十内)
           ↑
補助者(なし)→ 天狗(主体)←反対者(十内)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。天狗から怪力を授かった十内はどんな力持ちと対峙してもその倍の力が出る力持ちでした。あるとき大阪の力自慢が三人十内を訪ねてきましたが、十内は不在で、休憩中に奥さんが何気なく鉄棒をまっすぐにしごいてしまったところ、力自慢たちはとても敵わないと退散してしまいます。十内が年貢の萱をまとめて背負ったところ、萱に触れた木や小屋が倒壊し、萱に縄をかけていた男の家は家ごと引きずられてしまいました。漁山のうわばみを退治しに出かけた十内でしたが、いつの間にかうわばみに膝まで呑み込まれかけていました。十内は冷静に銃口をうわばみの口に差し込み射殺します。あるとき百姓が堆肥を背負っているのを見た十内は代わりに堆肥を足蹴にして田にまき散らします。ところが、堆肥は不浄のものだったため、それを嫌った天狗に十内は怪力を剥奪されてしまったという筋立てです。

 天狗―十内、奥さん―力持ち、十内―萱、十内―うわばみ、十内―百姓、十内―堆肥、といった対立軸が見受けられます。不浄/怪力の図式に穢れを嫌う心性が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

十内♌♁―天狗☉♎―奥さん☾(♌)―力持ち♂―ある男♂―うわばみ♂―百姓☾(♌)(-1)

 といった風に表記できるでしょうか。怪力を価値☉とすると、それを十内に授けたのは天狗です。十内は享受者♁となります。また、不浄を嫌った天狗は十内から怪力を剥奪してしまいますので審判者♎でもあります。十内の奥さんは不在の十内の代理役となりますので援助者☾となります。力持ち、縄を萱に引っ掛けた男、うわばみは対立者♂となります。百姓をどうするか悩みます。百姓は十内に手伝われる立場ですからマイナスの援助者☾(-1)というところでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「怪力を授かった十内はどういう風に力を発揮するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「不浄のものに触れて十内が力を失う」でしょうか。「天狗―怪力/不浄―十内」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:怪力を授かった十内はどういう風に力を発揮するか
        ↑
発想の飛躍:不浄のものに触れて十内が力を失う

・天狗―怪力―力持ち/萱/うわばみ/堆肥―十内
      ↑
・天狗―怪力/不浄―十内

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「河野十内」ですと「十内は天狗から怪力を授かって様々なことで力を発揮したが、不浄のものに触れて力を失ってしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 漁山は浜田市では標高の高い山です。山頂に浅間神社があるそうですが、独りで登山するのは熊と遭遇する危険性がある等で禁止されているそうです。私は登山する体力が無くなりましたので、お参りするのは無理と諦めています。

 本文では「すこぐ」という方言が聞き慣れないなと思いました。また、十内の家で竹を縄のようにして縛りつけたという表現が上手くイメージできませんでした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.297-299.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月12日 (木)

下北沢の本多劇場で演劇を鑑賞 2024.09

下北沢の本多劇場に行く。キ上の空論「獣三作 三作め 緑園にて祈る その子が獣」を見る。タイトルの獣はキリスト教、聖書的な意味での獣に近いニュアンスかもしれない。タイトルからすると三部作の第三作目と思えるので、ストーリーを把握できるか不安だったが、その点では問題なかった。上演時間約2時間15分の一幕もの。

下北沢・本多劇場
下北沢・本多劇場

舞台は孤島。語り部は主人公の娘。主人公の母はカルト宗教の熱心な信者か教祖らしく、主人公は母親の強い抑圧下にある。そういう状況で小3→小6→高校生と主人公の人生のステージが進んでいき、やがて主人公は島を出て東京に行き……というような粗筋。

主人公の人生のステージが次々と入れ替わっていく。なので、舞台装置は基本的には最小限で構成されている。椅子と机、その他毛布など。他に天井から吊るされるものもあるが。ステージ奥でギターがBGMを奏でている。時々爆音になってドキッとする。

事前に情報を仕入れないで映画を観たりするのだけど、本作は登場人物も多く、内容を把握するのに時間がかかった。特に難解な作品という訳ではないが、僕のような一見さんには優しくなかったかもしれない。

本多劇場は中規模クラスの劇場。舞台専用の施設だった。天井は同じくらいの規模の映画館よりも高かった。それにどういう意味があるのかは分からない。これくらいの規模が演劇にはちょうどいいのだろうか。昼の上演だったが客席は9割がた埋まっていた。ただ、施設そのものは古いと思われ、シートの座面がクッションの厚みの割に具合が悪く、尻がすぐ痛くなってしまった。

下北沢の演劇も駅前劇場、本多劇場各一回とアリバイ程度にしか経験できなかった。もしかして自分は自分で思っているよりもライブパフォーマンスが好きなのではないかと思うようになったのがここ数年だから仕方ないのだが。

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行為項分析――猫やだけし

◆あらすじ

 昔、たいへん身上のよい家があった。その家は旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた。旦那さんはその猫をとても可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いで何かといえばいじめていた。ある日、奥さんが魚を買っておいたところ、猫がそれを見つけて取って食べた。それを見た奥さんは傍にあった庖丁(ほうちょう)を投げつけた。庖丁は猫の目に当たったので猫は鳴きながら逃げた。旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかないと猫が喰うと言った。猫はそのままどこへ行ったものか、とうとう帰ってこなかった。それから何日か経って、旦那さんは旅に出かけた。途中道に迷って山の中へ入ったが、その内とうとう日が暮れてしまった。家がないので困ってとぼとぼ行く内に向こうに火が見えてきたので喜んで行ってみると一軒の家があった。そこで道に迷った旨伝えて泊めてくれるよう頼むと、中から白髪のお爺さんとお婆さんが出てきて快く泊めてくれた。奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた。そして口々に今晩はお客さんがあるそうで結構でございますと挨拶するので旦那さんは気味が悪くなってきた。すると障子が開いて、一番しまいにやってきた手拭いを被った女の人が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた。その内にだんだん夜が更けて皆寝てしまった。すると手拭いを被っていた女が旦那さんと言って小さな声で旦那さんを揺り起こした。目を覚ますと、私は旦那さんに小さい時から可愛がって頂いた猫です。ここは猫やだけしと言って猫の家です。今皆があなたを食べる相談をしているところですから一時も早く逃げて下さい。ここから家まで八里ほどありますが、私が連れて出てあげます。私の背中に負われてくださいと言った。旦那さんは驚いて猫の背中に負われた。猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た。そして、ここからはすぐ家ですからお帰り下さい。私は帰ると他の猫から殺されますからこの松の木へ登って死にますと言った。旦那さんはどうもありがとうと言って別れて家へ帰った。そして明くる朝早く松の木の下へ行ってみると猫が木から落ちて死んでいた。よく見ると片目が潰れていたので旦那さんのところにいた猫だと分かった。

◆モチーフ分析

・身上のよい家があった
・その家では旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた
・旦那さんは猫を可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いでいじめていた
・奥さんが魚を買っておいたところ、猫が取って食べてしまった
・奥さんは庖丁を投げつけ、猫の目に当たった
・旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかなければ猫が食うと言った
・猫はどこへ行ったものか、帰ってこなかった
・何日か経って旦那さんが旅に出かけた
・途中、道に迷って山の中へ入った
・日が暮れてしまった
・灯りが見えたので行ってみると一軒の家があった
・旦那さんが泊めてくれるよう頼むと、白髪の爺さんと婆さんが出てきて快く泊めてくれた
・奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた
・口々に今晩はお客さんがあることで結構でございますと挨拶した
・気味が悪くなった旦那さんだったが、最後にやってきた手拭いを被った女が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた
・夜が更けてきて皆寝てしまった
・手拭いを被った女が旦那さんを揺り起こした
・自分は小さい時から可愛がってもらった猫であると言った
・ここは「猫やだけし」と言って猫の家であると言った
・今皆があなたを食べる相談をしているから一時も早く逃げなさいと言う
・ここから家まで八里ほどあるが、自分が連れて出てあると言う
・驚いた旦那さんは猫の背中に負われた
・猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た
・猫は自分は帰ると他の猫から殺されるから、松の木に登って死ぬと言った
・旦那さんは感謝して猫と別れて家へ帰った
・明くる朝、松の木の下へ行ってみると、猫が木から落ちて死んでいた
・片目が潰れていたので、旦那さんのところにいた猫だと分かった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:旦那
S2:奥さん
S3:猫(女)
S4:爺さん
S5:婆さん
S6:人々(他の猫)

O(オブジェクト:対象)
O1:家
O2:魚
O3:包丁
O4:目
O5:旅
O6:山中
O7:灯り
O8:一軒家(猫やだけし)
O9:正体
O10:八里
O11:松

m(修飾語)
m1:身上のよい
m2:痩せた
m3:猫が好む
m4:道に迷った
m5:日が暮れた
m6:就寝した
m7:気味の悪い
m8:起きた
m9:死んだ
m10:片目が潰れた

X:どこか

+:接
-:離

・身上のよい家があった
(存在)X:O1家+m1身上のよい
・その家では旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた
(飼育)(S1旦那+S2奥さん):(S1旦那+S2奥さん)+S3猫
(痩身)S3猫:S3猫+m2痩せた
・旦那さんは猫を可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いでいじめていた
(愛育)S1旦那:S1旦那+S3猫
(嫌悪)S2奥さん:S2奥さん-S3猫
・奥さんが魚を買っておいたところ、猫が取って食べてしまった
(購入)S2奥さん:S2奥さん+O2魚
(奪取)S3猫:S3猫+O2魚
・奥さんは庖丁を投げつけ、猫の目に当たった
(投げつけ)S2奥さん:S3猫+O3包丁
(命中)O3包丁:O3包丁+O4目
・旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかなければ猫が食うと言った
(好み)S1旦那:O2魚+m3猫が好む
(隠す)S2奥さん:O2魚-S3猫
(結果)S3猫:S3猫+O2魚
・猫はどこへ行ったものか、帰ってこなかった
(行方不明)S3猫:S3猫-X
・何日か経って旦那さんが旅に出かけた
(旅行)S1旦那:S1旦那-X
・途中、道に迷って山の中へ入った
(迷う)S1旦那:S1旦那+m4道に迷った
(入山)S1旦那:S1旦那+O6山中
・日が暮れてしまった
(日没)O6山中:O6山中+m5日が暮れた
・灯りが見えたので行ってみると一軒の家があった
(目視)S1旦那:S1旦那+O7灯り
(たどり着く)S1旦那:S1旦那+O8一軒家
・旦那さんが泊めてくれるよう頼むと、白髪の爺さんと婆さんが出てきて快く泊めてくれた
(交渉)S1旦那:S1旦那+(S4爺さん+S5婆さん)
(成立)S1旦那:S1旦那+O8一軒家
・奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた
(就寝)S1旦那:S1旦那+m6就寝した
(来訪)S6人々:S6人々+O8一軒家
・口々に今晩はお客さんがあることで結構でございますと挨拶した
(挨拶)S6人々:S6人々+(S4爺さん+S5婆さん)
・気味が悪くなった旦那さんだったが、最後にやってきた手拭いを被った女が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた
(不審)S1旦那:S6人+m7気味の悪い
(登場)S3女:S3女+S1旦那
・夜が更けてきて皆寝てしまった
(就寝)S6人:S6人+m6就寝した
・手拭いを被った女が旦那さんを揺り起こした
(起こす)S3女:S1旦那+m8起きた
・自分は小さい時から可愛がってもらった猫であると言った
(打ち明ける)S3女:S1旦那+O9正体
・ここは「猫やだけし」と言って猫の家であると言った
(解明)S3女:S1旦那+O8猫やだけし
・今皆があなたを食べる相談をしているから一時も早く逃げなさいと言う
(警告)S3女:S1旦那-O8猫やだけし
・ここから家まで八里ほどあるが、自分が連れて出てあると言う
(距離)O10八里:O8猫やだけし-X
(提案)S3猫:S1旦那+X
・驚いた旦那さんは猫の背中に負われた
(背負う)S3猫:S3猫+S1旦那
・猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た
(到着)S3猫:S3猫+O1家
・猫は自分は帰ると他の猫から殺されるから、松の木に登って死ぬと言った
(予告)S3猫:S6他の猫-S3猫
(予告)S3猫:S3猫-S3猫
・旦那さんは感謝して猫と別れて家へ帰った
(別れ)S1旦那:S1旦那-S3猫
(帰宅)S1旦那:S1旦那+O1家
・明くる朝、松の木の下へ行ってみると、猫が木から落ちて死んでいた
(訪問)S1旦那:S1旦那+O11松
(状態)S1旦那:O11松-S3猫
(状態)S1旦那:S3猫+m9死んだ
・片目が潰れていたので、旦那さんのところにいた猫だと分かった
(状態)S1旦那:S3猫+m10片目が潰れた
(確認)S1旦那:O1家-S3猫

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(旦那の飼っている猫はどうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→可愛がる(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(奥さん)

  聴き手(魚を盗まれた奥さんはどうするか)
           ↓
送り手(猫)→魚を奪う(客体)→ 受け手(奥さん)
           ↑
補助者(なし)→ 猫(主体)←反対者(奥さん)

  聴き手(目を怪我した猫はどうするか)
           ↓
送り手(奥さん)→包丁を投げる(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(なし)→ 奥さん(主体)←反対者(旦那)

  聴き手(奥さんを諭した結果どうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→諭す(客体)→ 受け手(奥さん)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(奥さん)

  聴き手(道に迷った旦那はどうなるか)
           ↓
送り手(旦那)→一夜の宿を乞う(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(爺さん、婆さん)

   聴き手(集まった人たちは何者か)
           ↓
送り手(人)→旦那の来訪を喜ぶ(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 人(主体)←反対者(旦那)

  聴き手(猫屋敷に泊まってしまった旦那はどうなるか)
           ↓
送り手(女)→一軒家の正体を明かす(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(人、爺さん、婆さん)

   聴き手(旦那は無事帰宅できるか)
           ↓
送り手(猫)→家まで送り届ける(客体)→ 受け手(旦那)
           ↑
補助者(なし)→ 猫(主体)←反対者(人、爺さん、婆さん)

   聴き手(旦那は猫の恩返しにどうするか)
           ↓
送り手(旦那)→死んだ猫を確認する(客体)→ 受け手(猫)
           ↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。裕福な家で猫を飼っていました。旦那さんは猫を可愛がっていましたが、奥さんは猫を嫌っていました。ある日、猫が魚を盗んだので奥さんは包丁を投げつけます。すると包丁が猫の目に当たって片目が潰れてしまいます。猫はそのまま姿を消しました。しばらく後、旦那が旅をしていると道に迷い山中の一軒家にたどり着きました。泊めてもらうことになったのですが、寝ていると来客が次々と訪れて一軒家の主人に挨拶します。気味悪く思った旦那に一人の女が話しかけます。女は旦那が可愛がっていた猫で、ここは猫屋敷だから逃げろと促します。猫の背に乗せられた旦那は無事家にたどり着きます。仲間を裏切った猫は松の木から飛び降りて自殺すると言い残します。翌朝行ってみると片目の潰れた猫が死んでいたという筋立てです。

 旦那―猫、奥さん―猫、旦那―奥さん、旦那―爺さん/婆さん、旦那―人々、旦那―女、といった対立軸が見受けられます。一軒家/猫やだけしという図式に猫は人を喰らう妖怪ともなり得るという思考が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

旦那♌♁―猫(女)☾(♌)―奥さん♂(☾)―爺さん/婆さん♂☾(♌)(-1)―人々♂

 といった風に表記できるでしょうか。旦那の生還を価値☉と置くと、旦那自身は享受者♁となり、猫はその援助者☾となります。一軒家の爺さんと婆さんの正体は猫で旦那の命を狙う対立者♂ですが、道に迷った旦那を快く泊める風を装いますので、マイナスの援助者
☾とみることも可能でしょうか。集まってくる人々も旦那を食うために集まってきたもので、対立者♂と置けます。難しいのは奥さんの役割で、旦那にとっては日々の生活の援助者☾ですが、猫にとっては大怪我をさせ追放する対立者として振る舞います。援助者の対立者♂(☾)と置けるでしょうか。これはスーリオが想定していなかった役割です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「猫屋敷に迷い込んだ旦那は無事生還できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「猫やだけし」「可愛がっていた猫が仲間を裏切り救う」でしょうか。「旦那―一軒家/猫やだけし―爺さん/婆さん=猫」「女=猫―旦那―人々=猫」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:猫屋敷に迷い込んだ旦那は無事生還できるか
        ↑
発想の飛躍:猫やだけし

・旦那―一軒家/猫やだけし―爺さん/婆さん=猫
      ↑
・一軒家/猫やだけし
・女=猫―旦那―人々=猫

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「猫やだけし」ですと「猫屋敷に宿をとって喰われそうになった旦那だが可愛がっていた猫が手引きしてくれ無事脱出した」くらいでしょうか。

◆余談

 猫もヒトをとって食う話があるという事例です。主人公である旦那は日常→非日常→日常へと還るのです。

 猫の片目が潰れる、ここでは他の猫と旦那が飼っていた猫を区別するための印として用いられているようです。片目が失われたから何か特別なものが見えるといったようなことは起こりません。

 猫の報恩的なお話ですが、お話は旦那が自分を助けてくれた猫が自分の飼い猫だったと認識するところで終わります。猫には大いに感謝したはずですが、丁寧に弔った等の描写はされていません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.294-296.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月11日 (水)

行為項分析――茗荷

◆あらすじ

 ある夕方に金持ちのお客が宿屋へ着いた。お客は沢山の金を持っていたので、これを亭主に預けた。亭主は茗荷をたくさん食べると物を忘れるということを聞いていたので、あちらこちらで茗荷を買い集めて、そのお客にご馳走した。お客はまた大の茗荷好きであったので、出した茗荷をみんな食べた。あくる朝、亭主はお客が預けた金を忘れてたつと良いがとそればかり祈っていた。ところが、お客は旅支度を済ますと、たいへんお世話になりました。では預けておいたお金を頂きましょうと言ったので、仕方なく出して渡した。亭主はあんなに沢山茗荷を食べさせたのだから何か忘れるはずだがと思って気をつけていたが、お客は何一つ忘れるものもなく、皆持って出ていった。亭主はすっかり当てが外れたので嫌な顔をして帳場の机にもたれている内についうとうとと眠ってしまった。昼前になって目を覚まし、皆の者、さっきのお客は大きな忘れ物をしたでと言った。皆はびっくりして預けた金を忘れていったのかと訊くと、宿賃を払うのを忘れていってしまったと言ったが、もう後の祭りだった。

◆モチーフ分析

・ある夕方、金持ちの客が宿屋へ着いた
・客は沢山の金を亭主に預けた
・亭主は茗荷をたくさん食べると物を忘れるというので、あちこちで茗荷を買い集めて客にご馳走した
・客は茗荷好きだったので、出した茗荷をみんな食べた
・あくる朝、亭主は客が預けた金を忘れてたつと良いがと祈っていた
・ところが客は旅支度を済ませると、では預けておいたお金を頂きましょうと言ったので、仕方なく出して渡した
・亭主はあんなに沢山茗荷を食べさせたのだから何か忘れるはずだと思って気をつけていたが、客は何一つ忘れるものなく、皆持って出ていった
・当てが外れた亭主は嫌な顔をして帳場の机にもたれえうとうと眠ってしまった
・昼前になって目を覚まし、皆の者、さっきのお客は大きな忘れ物をしたと言った
・皆びっくりして預けた金を忘れていったのかと訊くと、宿賃を払うのを忘れていってしまったと言った
・後の祭りだった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:客
S2:亭主
S3:皆

O(オブジェクト:対象)
O1:宿屋
O2:金
O3:茗荷
O4:記憶
O5:忘れ物
O6:宿賃

m(修飾語)
m1:金持ちの
m2:嫌な
m3:眠った

+:接
-:離

・ある夕方、金持ちの客が宿屋へ着いた
(到着)S1客:S1客+O1宿屋
(性質)S1客:S1客+m1金持ちの
・客は沢山の金を亭主に預けた
(預ける)S1客:S2亭主+O2金
・亭主は茗荷をたくさん食べると物を忘れるというので、あちこちで茗荷を買い集めて客にご馳走した
(準備)S2亭主:S2亭主+O3茗荷
(もてなし)S2亭主:S1客+O3茗荷
(企み)O3茗荷:S1客-O4記憶
・客は茗荷好きだったので、出した茗荷をみんな食べた
(消費)S1客:S1客+O3茗荷
・あくる朝、亭主は客が預けた金を忘れてたつと良いがと祈っていた
(願望)S2亭主:S1客-O2金
・ところが客は旅支度を済ませると、では預けておいたお金を頂きましょうと言ったので、仕方なく出して渡した
(要求)S1客:S2亭主-O2金
(返却)S2亭主:S1客+O2金
・亭主はあんなに沢山茗荷を食べさせたのだから何か忘れるはずだと思って気をつけていたが、客は何一つ忘れるものなく、皆持って出ていった
(期待)S2亭主:S1客-O4記憶
(忘れず)S1客:S1客+O4記憶
(出立)S1客:S1客-O1宿屋
・当てが外れた亭主は嫌な顔をして帳場の机にもたれえうとうと眠ってしまった
(心外)S2亭主:S2亭主+m2嫌な
(入眠)S2亭主:S2亭主+m3眠った
・昼前になって目を覚まし、皆の者、さっきのお客は大きな忘れ物をしたと言った
(覚醒)S2亭主:S2亭主-m3眠った
(発言)S2亭主:S1客+O5忘れ物
・皆びっくりして預けた金を忘れていったのかと訊くと、宿賃を払うのを忘れていってしまったと言った
(質問)S3皆:S3皆+S2亭主
(失念)S1客:S2亭主-O6宿賃
・後の祭りだった
(失念)S2亭主:S2亭主-O4記憶

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(亭主は預かった金をどうするか)
           ↓
送り手(客)→金を預ける(客体)→ 受け手(亭主)
           ↑
補助者(なし)→ 客(主体)←反対者(亭主)

  聴き手(茗荷を食べた客は物忘れするか)
           ↓
送り手(亭主)→茗荷(客体)→ 受け手(客)
           ↑
補助者(なし)→ 亭主(主体)←反対者(客)

  聴き手(当てが外れた亭主はどうするか)
           ↓
送り手(客)→金の返却を要求(客体)→ 受け手(亭主)
           ↑
補助者(なし)→ 客(主体)←反対者(亭主)

  聴き手(物忘れの主体が入れ替わってどうなるか)
           ↓
送り手(亭主)→宿賃の請求を失念(客体)→ 受け手(客)
           ↑
補助者(なし)→ 亭主(主体)←反対者(客)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。金持ちの客が宿をとり、持ち金を亭主に一晩預けます。亭主は食べると物忘れが激しくなるという茗荷を客に食べさせてもてなします。それは客が預けた金のことを失念することを期待してのことです。ところが一晩明けると、客は失念することもなく預けた金の返却を求めましたので亭主は仕方なく応じます。当てが外れた亭主はうたた寝してしまいますが、目覚めると、自分が宿賃を請求することを忘れていたと気づくという筋立てです。

 客―亭主、亭主―皆、といった対立軸が見受けられるでしょうか。茗荷/金の図式に物忘れをする主体が客から亭主に入れ替わってしまう滑稽さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

亭主♌♁(-1)♎―客♂☉―皆☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。客が預けた金を価値☉と置くと、亭主はそれを奪うことを企んでいますので享受者♁となり得ますが、最終的に失敗してしまいますので、マイナスの享受者♁と置けるでしょうか。亭主を主体♌と置くと、客は対立者♂となります。皆は宿屋の使用人と思われますので、亭主の援助者☾となります。最終的に亭主は客が宿賃を支払うことを失念し損害を被ったことに気づきますので審判者♎と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「茗荷を食べた客はどうなるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「茗荷を食べると物忘れする」「物忘れの主客が逆転する」でしょうか。「客―金/茗荷―亭主」「客/亭主―忘れる―宿賃」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:茗荷を食べた客はどうなるか
        ↑
発想の飛躍:茗荷を食べると物忘れする

・客―金/茗荷―亭主
    ↑
・茗荷―忘れる
・客/亭主―忘れる―宿賃

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「茗荷」ですと「大金を預けた客に預けたことを忘れさせようと亭主は茗荷を食べさせるが、客は宿賃を払うのを忘れてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 昔は宿泊客は枕の下に財布を入れて寝るといった描写が見られることがありますが、このお話では客は宿屋の主人に金を預けています。そういう慣行もあったと思われます。亭主自身は茗荷を食べていないと思われますが、預け金の返却に気をとられて宿賃の請求を失念してしまうところに面白みがあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.292-293.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月10日 (火)

行為項分析――鼻かけそうめん

◆あらすじ

 馬鹿聟が姑の家へ初めて呼ばれていった。姑の家ではそうめんをご馳走することにした。聟が見ていると、姑がそうめんが湯だったか箸に一本引っかけて頃合いを見ようとすると、つい鼻の上に落ちた。それを指で落として口に入れたので聟はそうめんはああして食べるものかと思った。そうめんのご馳走が出たので、一本すくい上げては鼻の上にのせ、それを口にかき込んで長い時間をかけて食べた。夕飯も済んだので、明日の朝はテウチ(手打ち:蕎麦)にしようか半殺し(ぼたもち)にしようかと相談されたので、聟はいつも女房を大事にしているのに、初めて来てテウチにされては困ると思って半殺しを望んでおいた。それから疲れたろうと蚊帳(かや)を吊って屏風を立てて床を敷いてお休みと言われた。聟が蚊帳の中に飛び込むと、屏風がくるりと廻った。屏風を右に回すと左があき、左へ廻すと右があいた。今度はまた蚊帳の中へ飛び込んで、また出て屏風を廻している内に夜が明けた。聟は朝は半殺しをするに違いない。昨夜も寝ずに廻り屏風に飛び込み蚊帳に、今朝は半殺しとは情けないと思って二階の庇(ひさし)に小さくなって隠れていた。姑は聟が寝床にいないので、どこへ行ったかと思って戸を開けると聟は庇に小さくなってガタガタ震えていた。そして半殺しはこらえてくださいと細い声で泣きながらいったので、そんなに嫌いなら食べなくてもよいと優しく言われて聟はようやく家へ入った。聟に昨夜はよく寝られたか姑が言うと、眠るどころか鼻かけそうめんに油をとられ、廻り屏風に引きずられ、蚊帳に出たり入ったり、半殺しは気にかかるし、眠れなかったと言ったので姑は何が何やらさっぱり分からない。娘よ、何か聞いてみよ。昔の者とは違うし、田舎にもこんな分からず屋がいるか。子供よりまだ酷いと姑が言ったので、女房が優しく尋ねると、来るまいと思っていたのに無理に行ってくれと連れてきて、鼻かけそうめんに油をとられ、廻り屏風に引きずられ、蚊帳に出たり入ったり、今朝は半殺しと言われたり、自分はこんな難儀とは知らずに寝ておられようか。思えば早く去(い)にたくて庇の上に出て下ばかり見て夜を明かした。お前は親と組んで下の方から笑ったり、自分はおる気がしなかったと言って泣いた。それで女房も全く呆れて、それきり離縁してしまった。

◆モチーフ分析

・馬鹿聟が姑の家へ初めて呼ばれていった
・そうめんをご馳走することになり、姑がそうめんが湯だったが箸に一本引っかけて頃合いを見ようとすると鼻の上に落ちた
・姑はそれを指で落として口に入れたので、聟はそうめんはああして食べるものかと思った
・そうめんのご馳走が出たので、すくい上げては鼻にのせ、それを口にかき込んで長い時間をかけて食べた
・夕飯が済んだので明日の朝は手打ち(蕎麦)にするか半殺し(ぼたもち)にするか相談されたので、聟はいつも女房を大事にしているのに初めて来て手打ちにされては困ると思い半殺しを望んだ
・それから蚊帳を吊って屏風を立てて床を敷いてお休みと言われた
・聟が蚊帳の中に飛び込むと屏風がくるりと廻った
・それを繰り返している内に夜が明けた
・聟は朝は半殺しにするに違いない。昨夜は寝ずに今朝は半殺しとは情けないと思って二階の庇に小さくなって隠れていた
・姑は聟が寝床にいないので、どこに行ったかと思って戸を開けると聟は庇に小さくなってガタガタ震えていた
・そして半殺しはこらえてくださいと細い声で泣きながら言ったので、そんなに嫌いなら食べなくともよいと優しく言われた
・昨夜はよく寝られたか姑が訊くと、眠るどころか鼻かけそうめんに廻り屏風、半殺しは気にかかるしで眠れなかったと答えた
・姑は何が何やらさっぱり分からない。田舎にもこんな分からず屋がいるか、子供より酷いと言った
・女房が優しく尋ねると、来るまいと思っていたのに無理に行ってくれと連れてきて鼻かけそうめん、廻り屏風に半殺し、こんな難儀に寝ておられようか、早く去にたくて庇の上に出て下ばかる見て夜を明かした。お前は親と組んで下の方から笑ったりで自分はおる気がしなかったと言って泣いた
・女房も全く呆れて、それきり離縁してしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:聟
S2:姑
S3:女房

O(オブジェクト:対象)
O1:姑の家
O2:そうめん
O3:鼻
O4:指
O5:手打ち
O6:半殺し
O7:蚊帳
O8:屏風
O9:床
O10:庇

m(修飾語)
m1:馬鹿な
m2:回った
m3:徹夜した
m4:泣いた
m5:呆れた

X:どこか

+:接
-:離

・馬鹿聟が姑の家へ初めて呼ばれていった
(存在)X:S1聟+m1馬鹿な
(招待)S2姑:S1聟+O1姑の家
・そうめんをご馳走することになり、姑がそうめんが湯だったが箸に一本引っかけて頃合いを見ようとすると鼻の上に落ちた
(ご馳走)S2姑:S1聟+O2そうめん
(味見)S2姑:S2姑+O2そうめん
(ひっつく)O2そうめん:O2そうめん+O3鼻
・姑はそれを指で落として口に入れたので、聟はそうめんはああして食べるものかと思った
(すくう)S2姑:O4指+O2そうめん
(学習)S1聟:S2姑+O2そうめん
・そうめんのご馳走が出たので、すくい上げては鼻にのせ、それを口にかき込んで長い時間をかけて食べた
(提供)S2姑:S1聟+O2そうめん
(食べる)S1聟:O4指+(O3鼻+O2そうめん)
・夕飯が済んだので明日の朝は手打ち(蕎麦)にするか半殺し(ぼたもち)にするか相談されたので、聟はいつも女房を大事にしているのに初めて来て手打ちにされては困ると思い半殺しを望んだ
(質問)S2姑:S1聟+(O5手打ち+O6半殺し)
(忌避)S1聟:S1聟-O5手打ち
(注文)S1聟:S2姑+O6半殺し
・それから蚊帳を吊って屏風を立てて床を敷いてお休みと言われた
(蚊帳吊り)S2姑:S2姑+O7蚊帳
(立てる)S2姑:S2姑+O8屏風
(床を敷く)S2姑:S2姑+O9床
(勧め)S2姑:S1聟+O9床
・聟が蚊帳の中に飛び込むと屏風がくるりと廻った
(飛び込み)S1聟:S1聟+O7蚊帳
(回転)O8屏風:O8屏風+m2回った
・それを繰り返している内に夜が明けた
(繰り返し)S1聟:S1聟+(O7蚊帳+O8屏風)
(夜明け)S1聟:S1聟+m3徹夜した
・聟は朝は半殺しにするに違いない。昨夜は寝ずに今朝は半殺しとは情けないと思って二階の庇に小さくなって隠れていた
(恐怖)S1聟:S1聟-O6半殺し
(隠れる)S1聟:S1聟+O10庇
・姑は聟が寝床にいないので、どこに行ったかと思って戸を開けると聟は庇に小さくなってガタガタ震えていた
(不在)S2姑:S1聟-O9床
(発見)S2姑:S1聟+O10庇
・そして半殺しはこらえてくださいと細い声で泣きながら言ったので、そんなに嫌いなら食べなくともよいと優しく言われた
(懇願)S1聟:S2姑-O6半殺し
(許可)S2姑:S1聟-O6半殺し
・昨夜はよく寝られたか姑が訊くと、眠るどころか鼻かけそうめんに廻り屏風、半殺しは気にかかるしで眠れなかったと答えた
(質問)S2姑:S2姑+S1聟
(回答)S1聟:S1聟+m3徹夜した
・姑は何が何やらさっぱり分からない。田舎にもこんな分からず屋がいるか、子供より酷いと言った
(訳が分からない)S2姑:S2姑-S1聟
・女房が優しく尋ねると、来るまいと思っていたのに無理に行ってくれと連れてきて鼻かけそうめん、廻り屏風に半殺し、こんな難儀に寝ておられようか、早く去にたくて庇の上に出て下ばかる見て夜を明かした。お前は親と組んで下の方から笑ったりで自分はおる気がしなかったと言って泣いた
(質問)S3女房:S3女房+S1聟
(告白)S1聟:S1聟-(O2そうめん+O5手打ち+O6半殺し+O8屏風)
(泣く)S1聟:S1聟+m4泣いた
・女房も全く呆れて、それきり離縁してしまった
(呆れ)S3女房:S3女房+m5呆れた
(離縁)S3女房:S3女房-S1聟

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

 聴き手(そうめんの食べ方を勘違いした聟はどうするか)
           ↓
送り手(姑)→そうめん(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(なし)

 聴き手(手打ち/半殺しを勘違いした聟はどうするか)
           ↓
送り手(姑)→手打ち/半殺し(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(なし)

  聴き手(回る屏風に聟はどうなるか)
           ↓
送り手(姑)→蚊帳/屏風(客体)→ 受け手(聟)
           ↑
補助者(なし)→ 姑(主体)←反対者(なし)

  聴き手(聟の馬鹿さに女房はどうするか)
           ↓
送り手(聟)→泣く(客体)→ 受け手(女房)
           ↑
補助者(なし)→ 聟(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。姑の家に招かれた馬鹿聟はそうめんの食べ方を勘違いし、変な食べ方をしてしまいます。特に怪しまれなかったようですが、翌朝の朝食を手打ち(蕎麦)にするか半殺し(ぼたもち)にするか訊かれて恐怖してしまいます。床を用意されると屏風が回転するため気になって眠れず、結局徹夜して朝を迎えて半殺しにされるのが怖くて隠れてしまいます。姑が見つけて訳を尋ねますが、聟の答えは要領を得ません。代わりに女房が訊きますが、聟のあまりの馬鹿さに呆れてしまってそのまま離縁してしまう筋立てです。

 聟―姑、聟―女房、聟―そうめん、聟―半殺し、聟―屏風、聟―庇、といった対立軸が見受けられます。手打ち/半殺しは調理の仕方をそう呼んだものを自身に対する仕打ちと勘違いしてしまう間抜けさを暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

聟♌♁(-1)―姑☉♂☾(♌)―女房☾(♂)♎

 といった風に表記できるでしょうか。姑は聟をもてなすことで様々な価値☉をもたらします。その点で聟は享受者♁ですが、その意図を悉く勘違いしてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)とした方がいいかもしれません。また、本来、姑は聟にとって援助者☾となる立ち位置ですが、聟からは対立者♂に見えてしまっているでしょう。女房は姑の娘で、姑の代わりに聟の考えを聞き出そうとします。そしてその愚かさに呆れてしまいますので審判者♎の役割を果たすことになります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「姑のもてなしを馬鹿聟はどう勘違いするか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「聟の馬鹿さ加減」でしょうか。「姑―鼻/そうめん―聟」「姑―手打ち/半殺し―聟」「姑―蚊帳/屏風―聟」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:姑のもてなしを馬鹿聟はどう勘違いするか
        ↑
発想の飛躍:聟の馬鹿さ加減

・姑―聟―馬鹿/離縁―女房
      ↑
・姑―鼻/そうめん―聟
・姑―手打ち/半殺し―聟
・姑―蚊帳/屏風―聟

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「鼻かけそうめん」ですと「馬鹿な聟が姑の家に呼ばれて頓珍漢な行為を繰り返す。大丈夫か訊いた姑と女房だったが、聟の馬鹿さに離縁する」くらいでしょうか。

◆余談

 聟は日常から(単なる思い込みによる)非日常に入り、そこで唐突に打ち切りされてしまいます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.289-291.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 9日 (月)

行為項分析――舌切雀

◆あらすじ

 正直な爺さんと欲の深い婆さんがいた。爺さんは一羽の雀(すずめ)を可愛がって買っていた。いつも山に行くときには、雀や雀、行ってくると我が子に言うように別れをして行った。ある日婆さんは糊(のり)を煮ておいて川へ洗濯に行った。その留守に雀は糊をみんな食べてしまった。婆さんは帰ってみると糊がないので腹をたてて雀の舌を切って追い出した。爺さんは山から帰って今帰ったと何遍も呼んだが、雀の姿が見えないので婆さんに訊くと、婆さんは糊を全部食べてしまったので腹がたったから舌を切り取って追い出したと言った。爺さんは可哀想なことをした言って泣きながら舌切雀、舌切雀と言って山へ雀を訪ねに出かけた。すると馬を洗っている男がいたので、ここを舌切雀が通らなかったか尋ねると、馬を洗った汁を馬桶にいっぱい飲んだら舌切雀の行った方角を教えてあげると言った。爺さんは馬を洗った汁など何でもないと言って、その汁をガブガブ飲んだ。馬洗いは向こうの藪へ行ったと教えた。爺さんは藪へ行って探したがいないので、また山を越えて先へ進んでいった。すると谷川の傍で牛を洗かっている男がいたので、ここを舌切雀が通らなかったか尋ねると、牛洗いは牛を洗った汁を牛桶にいっぱい飲んだら教えてあげると言った。爺さんは牛を洗った汁くらい何でもないと言ってその汁を飲んだので、牛洗いはこの曽根を下りて向こうの竹藪でタラタラ血を流した雀がいると教えてくれた。爺さんは喜んで、雀、お宿はどこだと訪ねていった。すると雀は口から血をたらしながら、お爺さんおいで、こちらでござると言って雀の宿へ案内した。そしてお茶やお菓子、色々とご馳走を出して、しまいに土産につづらをあげると言って重いつづらと軽いつづらを出した。爺さんは年をとったから軽い方がよいと言って小さいつづらを貰って帰った。婆さんはそれを見ると、長らく置いた雀だから、自分も行ったらつづらをくれるだろうと訪ねていった。途中婆さんはつづらが欲しいばかりに馬の洗い汁を馬桶にいっぱい、牛の洗い汁を牛桶にいっぱい飲んで雀の所へ行った。雀は婆さんを見ると、婆さん舌を切られて苦しい。今度あなたの傍へ寄ったら、羽でも切られてしまうかもしれないと言ってとりあわない。わざわざ訪ねてきた婆さんは雀のご馳走も食べられず、馬の洗い汁と牛の洗い汁で腹をだぶだぶさせながら、ようやく重いつづらを見つけ出し、これこれと言って取り上げて背負って帰った。早速開けてみると、中には汚いスズや茶碗のかけらに蛙や蛇の骨ばかり。宝どころか命が助かったのが何よりであった。しかし、悪いことをした婆さんはそれから病気になって死んでしまった。

◆モチーフ分析

・正直な爺さんと欲の深い婆さんがいた
・爺さんは一羽の雀を可愛がって飼っていた
・ある日婆さんが糊を煮ておいて川に洗濯に行くと、雀が糊を全部食べてしまった
・腹をたてた婆さんは雀の舌を切って追い出した
・爺さんが山から帰って何度呼んでも姿が見えないので、婆さんに訊くと舌を切って追い出したと言う
・爺さんは可哀想なことをしたと言って山へ雀を訪ねに出かけた
・馬を洗っている男に訊くと、馬を洗った汁を桶にいっぱい飲めば教えてやると言われる
・爺さんそんなことは何でもないと言って、汁をガブガブ飲んだ
・教えられた通り向こうの藪へ行ったがいないので、また山を越えて先へと進んだ
・牛を洗っている男に訊くと、牛を洗った汁を桶いっぱいに飲んだら教えてやろうと言われる
・爺さんはそれくらい何でもないと牛を洗った汁を飲んだ
・牛洗いに教えてもらった通りに向こうの竹藪に行くと、タラタラ血を流した雀がいて雀の宿へ案内した
・色々とご馳走をふるまわれ、土産につづらをあげると言われた
・雀は重いつづらと軽いつづらを出した
・爺さんは年をとったから軽い方がよいと小さいつづらを貰って帰った
・それを見た婆さんは長らく置いた雀だから自分も行ったらつづらをくれるとだろうと訪ねていった
・婆さんは馬の洗い汁と牛の洗い汁を飲んで雀の所へ行った
・雀は今度あなたの傍へ寄ったら羽を切られてしまうかもしれないと取り合わない
・婆さんは腹をだぶだぶさせながら重いつづらを見つけ出して背負って帰った
・つづらを開けてみるとスズや茶碗のかけらに蛙や蛇の骨ばかりであった
・宝どころか命が助かったのが何よりだった
・悪いことをした婆さんはそれから病気になって死んでしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:婆さん
S3:雀
S4:馬洗いの男
S5:牛洗いの男

O(オブジェクト:対象)
O1:糊
O2:洗濯
O3:舌
O4:山
O5:汁
O6:藪
O7:雀の宿
O8:ご馳走
O9:土産
O10:重いつづら
O11:軽いつづら
O12:がらくた
O13:病

m(修飾語)
m1:正直な
m2:欲深い
m3:立腹した
m4:不憫に思った
m5:血を流した
m6:不幸中の幸い
m7:死んだ

X:どこか

+:接
-:離

・正直な爺さんと欲の深い婆さんがいた
(存在)X:S1爺さん+S2婆さん
(性質)S1爺さん:S1爺さん+m1正直な
(性質)S2婆さん:S2婆さん+m2欲深い
・爺さんは一羽の雀を可愛がって飼っていた
(飼育)S1爺さん:S1爺さん+S3雀
・ある日婆さんが糊を煮ておいて川に洗濯に行くと、雀が糊を全部食べてしまった
(準備)S2婆さん:S2婆さん+O1糊
(離席)S2婆さん:S2婆さん+O2洗濯
(横取り)S3雀:S3雀+O1糊
・腹をたてた婆さんは雀の舌を切って追い出した
(立腹)S2婆さん:S2婆さん+m3立腹した
(切断)S2婆さん:S3雀-O3舌
(追放)S2婆さん:S2婆さん-S3雀
・爺さんが山から帰って何度呼んでも姿が見えないので、婆さんに訊くと舌を切って追い出したと言う
(帰宅)S1爺さん:S1爺さん-O4山
(応答せず)S1爺さん:S1爺さん-S3雀
(質問)S1爺さん:S1爺さん+S2婆さん
(回答)S2婆さん:S2婆さん-S3雀
・爺さんは可哀想なことをしたと言って山へ雀を訪ねに出かけた
(感想)S1爺さん:S1爺さん+m4不憫に思った
(探索)S1爺さん:S1爺さん+O4山
・馬を洗っている男に訊くと、馬を洗った汁を桶にいっぱい飲めば教えてやると言われる
(質問)S1爺さん:S1爺さん+S4馬洗いの男
(条件提示)S4馬洗いの男:S1爺さん+O5汁
・爺さんそんなことは何でもないと言って、汁をガブガブ飲んだ
(飲む)S1爺さん:S1爺さん+O5汁
・教えられた通り向こうの藪へ行ったがいないので、また山を越えて先へと進んだ
(訪ねる)S1爺さん:S1爺さん+O6藪
(不在)S1爺さん:O6藪-S3雀
(山越え)S1爺さん:S1爺さん+O4山
・牛を洗っている男に訊くと、牛を洗った汁を桶いっぱいに飲んだら教えてやろうと言われる
(質問)S1爺さん:S1爺さん+S5牛洗いの男
(条件提示)S5牛洗いの男:S1爺さん+O5汁
・爺さんはそれくらい何でもないと牛を洗った汁を飲んだ
(飲む)S1爺さん:S1爺さん+O5汁
・牛洗いに教えてもらった通りに向こうの竹藪に行くと、タラタラ血を流した雀がいて雀の宿へ案内した
(訪ねる)S1爺さん:S1爺さん+O6藪
(発見)S1爺さん:S3雀+m5血を流した
(案内)S3雀:S1爺さん+O7雀の宿
・色々とご馳走をふるまわれ、土産につづらをあげると言われた
(もてなし)S3雀:S1爺さん+O8ご馳走
(土産)S3雀:S1爺さん+O9土産
・雀は重いつづらと軽いつづらを出した
(提示)S3雀:S1爺さん+(O10重いつづら+O11軽いつづら)
・爺さんは年をとったから軽い方がよいと小さいつづらを貰って帰った
(選択)S1爺さん:S1爺さん+O11軽いつづら
(帰宅)S1爺さん:S1爺さん-O7雀の宿
・それを見た婆さんは長らく置いた雀だから自分も行ったらつづらをくれるとだろうと訪ねていった
(強欲)S2婆さん:S3雀+O9土産
(訪問)S2婆さん:S2婆さん+S3雀
・婆さんは馬の洗い汁と牛の洗い汁を飲んで雀の所へ行った
(飲む)S2婆さん:S2婆さん+O5汁
(到着)S2婆さん:S2婆さん+O7雀の宿
・雀は今度あなたの傍へ寄ったら羽を切られてしまうかもしれないと取り合わない
(忌避)S3雀:S3雀-S2婆さん
・婆さんは腹をだぶだぶさせながら重いつづらを見つけ出して背負って帰った
(獲得)S2婆さん:S2婆さん+O10重いつづら
(帰宅)S2婆さん:S2婆さん-O7雀の宿
・つづらを開けてみるとスズや茶碗のかけらに蛙や蛇の骨ばかりであった
(開封)S2婆さん:S2婆さん+O12がらくた
・宝どころか命が助かったのが何よりだった
(不幸中の幸い)S2婆さん:S2婆さん+m6不幸中の幸い
・悪いことをした婆さんはそれから病気になって死んでしまった
(病死)S2婆さん:S2婆さん+O13病
(死亡)S2婆さん:S2婆さん+m7死んだ

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

  聴き手(爺さんに可愛がられている雀はどうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→慈しむ(客体)→ 受け手(雀)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(洗濯の邪魔をした雀はどうなるか)
          ↓
送り手(雀)→糊を食べてしまう(客体)→ 受け手(婆さん)
          ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(婆さん)

  聴き手(舌を切られた雀はどうなるか)
           ↓
送り手(婆さん)→舌を切って追放(客体)→ 受け手(雀)
           ↑
補助者(なし)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)

 聴き手(爺さんは雀を見つけることができるか)
          ↓
送り手(爺さん)→探す(客体)→ 受け手(雀)
          ↑
補助者(男)→ 爺さん(主体)←反対者(婆さん)

  聴き手(土産のつづらの中身は何か)
          ↓
送り手(雀)→もてなす(客体)→ 受け手(爺さん)
          ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(なし)

  聴き手(婆さんは雀を見つけることができるか)
           ↓
送り手(婆さん)→探す(客体)→ 受け手(雀)
           ↑
補助者(男)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(重いつづらの中身は何か)
          ↓
送り手(雀)→重いつづら(客体)→ 受け手(婆さん)
          ↑
補助者(なし)→ 雀(主体)←反対者(婆さん)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。飼っていた雀を可愛がっていた爺さんですが、その雀が婆さんが作った糊を食べてしまって洗濯の邪魔をします。怒った婆さんは雀の舌を切って追放してしまいます。いなくなった雀を探しに爺さんは山中に入ります。牛や馬の洗い汁を飲むことを条件に雀の居場所を教えられます。雀の宿にたどり着いた爺さんは雀から様々なもてなしを受けます。そして土産に小さなつづらを持たされます。それを見た婆さんはつづら欲しさに自分も雀の宿を訪ねていきます。大変な思いをして辿り着いた婆さんでしたが、雀はつれない態度をとります。それでも土産に重いつづらを持ち帰った婆さんでしたが、中身はがらくたでした。そのことで病を得た婆さんは死んでしまったという筋立てです。

 爺さん/婆さん―雀、爺さん/婆さん―馬を洗う男、爺さん/婆さん―牛を洗う男、爺さん/婆さん―軽いつづら/重いつづら、といった対立軸が見受けられます。重いつづら/軽いつづらという図式に物事の大小は中身とは関係がないという教訓が暗喩されています。欲深さは却って身の破滅をもたらすことになります。

 馬や牛を洗った汚い水を飲み干すのはとんでもない難題ですが、爺さんは何でもないと全て飲んでしまいます。ここにも雀に対する愛情が表現されています。逆に婆さんはつづらを得るために無理やり飲み干しますが、これは婆さんの欲深さを表しているでしょう。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁―雀☉☾(♌)―婆さん♂♁(-1)♌(-1)―馬を洗う男☾(♌)☾(♂)―牛を洗う男☾(♌)☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。雀の存在を価値☉と置くと、雀と再会しもてなしを受けた爺さんは享受者♁となります。雀は贈与者と見なせますので、ここでは爺さんの援助者☾と置けます。婆さんは雀を罰して追放しますので対立者♂と置けますが、重いつづらを選ぶことで罰を受けますので、マイナスの享受者♁(-1)とも見なせるでしょうか。馬を洗う男と牛を洗う男は洗い汁を飲ませることで道を教えますので、爺さん婆さんどちらにとっても援助者☾となります。

 ここで、婆さんは爺さんの模倣者と見ることも可能です。そういう観点からは婆さんはマイナスの主体♌(-1)と見なすことも可能ではないでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんは無事雀と再会することができるか」「つづらの中身は何か」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「罰として雀の舌を切ってしまう」「洗い汁を飲む」「軽いつづらと重いつづら」でしょうか。「婆さん―切る/舌―雀」「男―馬/牛―洗い汁/飲む―爺さん/婆さん」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんは無事雀と再会することができるか
      つづらの中身は何か
          ↑
発想の飛躍:罰として雀の舌を切ってしまう
      洗い汁を飲む
      軽いつづらと重いつづら

・爺さん―婆さん―舌きり/追放―雀
・雀―軽いつづら/重いつづら―爺さん/婆さん
        ↑
・婆さん―切る/舌―雀
・男―馬/牛―洗い汁/飲む―爺さん/婆さん
・雀―重いつづら/がらくた―婆さん

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「舌切雀」ですと「軽いつづらを持って帰ってきた爺さんの真似をして重いつづらを持って帰った婆さんだったが中身はきたないものだった」くらいでしょうか。

◆余談

 つづらには「開けてみるまで中身が何か分からない」という期待感をもたせる効果があります。つづらの大小で中身に差があることを予想させ、実は小さい方に価値あるものが入っていたという結末は謙譲の美徳を示唆しているかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.285-288.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年9月 8日 (日)

行為項分析――桃太郎

◆あらすじ

 昔々、お爺さんとお婆さんがいた。二人の間には子供がなかったので、毎朝神さまに子供を授けてくださいと祈っていた。そうする内に一年過ぎ、二年過ぎた。ある日、お爺さんとお婆さんがいつものように神さまに祈っていると、どこからともなく、ここより北へ北へと進む内に大きな川の渕に出る。そこに大きな桃の木があって桃がなっているが、その中に一つ大きな桃がある。それを川へ落とさないように取って割ると子供が出るという声が聞こえてきた。お爺さんとお婆さんは喜んで、早速北へ北へと歩いて行った。しばらくすると大きな川があって、ほとりに大きな桃の木があった。桃が沢山なっていて、中に一つ大きな桃があった。お爺さんが木へ登って、桃を取ろうとすると枝が折れて、桃は川の中へ落ちて流れていったので、お爺さんとお婆さんはがっかりして家へ帰った。それからしばらく経って、ある日お爺さんは山へ木こりに、お婆さんは川へ洗濯に行った。お婆さんが洗濯をしていると、そこへ桃が流れてきた。

◆モチーフ分析

・お爺さんとお婆さんがいた
・二人の間には子供がなかったので、毎朝子供を授けてくださいと神さまに祈っていた
・一年過ぎ、二年が過ぎた
・いつもの様に神さまに祈っていると声がした
・ここから北へ進むと大きな川の渕に出る。そこに大きな桃の木があって桃がなっているという
・その中に一つ大きな桃がある。それを川へ落とさないように取って割ると子供が出るという
・喜んだお爺さんとお婆さんは早速北へ歩いていった
・しばらくすると大きな川があってほとりに大きな桃の木があった
・桃が沢山なっていて、中に一つ大きな桃があった
・お爺さんが木へ登って桃を取ろうとすると枝が折れて、桃は川へ落ちて流れていった
・がっかりしたお爺さんとお婆さんは家へ帰った
・しばらくしてお爺さんは山へ木こりに、お婆さんが川へ洗濯しに行くと、そこへ桃が流れてきた

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:お爺さん
S2:お婆さん
S3:神さま

O(オブジェクト:対象)
O1:子供
O2:声
O3:川の渕
O4:桃の木
O5:桃(大きな桃)
O6:北の方向
O7:山
O8:川

m(修飾語)
m1:数年経過した
m2:北に
m3:大きな
m4:喜んだ
m5:沢山の
m6:失望した

X:どこか

+:接
-:離

・お爺さんとお婆さんがいた
(存在)X1:S1お爺さん+S2お婆さん
・二人の間には子供がなかったので、毎朝子供を授けてくださいと神さまに祈っていた
(子なし)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)-O1子供
(祈願)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+S3神さま
(祈願)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O1子供
・一年過ぎ、二年が過ぎた
(時間経過)X:(S1お爺さん+S2お婆さん)+m1数年経過した
・いつもの様に神さまに祈っていると声がした
(祈願)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+S3神さま
(声)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O2声
・ここから北へ進むと大きな川の渕に出る。そこに大きな桃の木があって桃がなっているという
(お告げ)X2:O3川の渕+m2北に
(お告げ)X2:O3川の渕+O4桃の木
(お告げ)X2:O4桃の木+O5桃
・その中に一つ大きな桃がある。それを川へ落とさないように取って割ると子供が出るという
(お告げ)O4桃の木:O5桃+m3大きな
(お告げ)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O5大きな桃
(お告げ)(S1お爺さん+S2お婆さん):O5大きな桃-O1子供
・喜んだお爺さんとお婆さんは早速北へ歩いていった
(喜び)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+m4喜んだ
(行動開始)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O6北の方向
・しばらくすると大きな川があってほとりに大きな桃の木があった
(到達)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O3川の渕
(視認)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+O4桃の木
・桃が沢山なっていて、中に一つ大きな桃があった
(視認)O4桃の木:O5桃+m5沢山の
(視認)O4桃の木:O4桃の木+O5大きな桃
・お爺さんが木へ登って桃を取ろうとすると枝が折れて、桃は川へ落ちて流れていった
(試み)S1お爺さん:S1お爺さん+O5大きな桃
(破損)O4桃の木:O4桃の木-O5大きな桃
(獲得失敗)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)-O5大きな桃
・がっかりしたお爺さんとお婆さんは家へ帰った
(失望)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)+m6失望した
(帰宅)(S1お爺さん+S2お婆さん):(S1お爺さん+S2お婆さん)-O3川の渕
・しばらくしてお爺さんは山へ木こりに、お婆さんが川へ洗濯しに行くと、そこへ桃が流れてきた
(労働)S1お爺さん:S1お爺さん+O7山
(労働)S2お婆さん:S2お婆さん+O8川
(遭遇)S2お婆さん:S2お婆さん+O5大きな桃

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(爺さん婆さんの祈願は神さまに届くか)
             ↓
送り手(爺さん婆さん)→子供を授かる(客体)→ 受け手(神さま)
             ↑
補助者(なし)→ 爺さん婆さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(神さまのお告げで爺さん婆さんはどうするか)
            ↓
送り手(神さま)→お告げ(客体)→ 受け手(爺さん)
           ↑
補助者(なし)→ 神さま(主体)←反対者(なし)

  聴き手(桃の実を逃した爺さん婆さんはどうするか)
             ↓
送り手(爺さん婆さん)→桃の実の獲得失敗(客体)→ 受け手(桃の木)
             ↑
補助者(神さま)→ 爺さん婆さん(主体)←反対者(なし)

  聴き手(流れてきた桃の実を婆さんはどうするか)
             ↓
送り手(桃の木)→大きな桃の実(客体)→ 受け手(婆さん)
             ↑
補助者(なし)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。子供のいない爺さんと婆さんは日夜神さまに祈願していました。その願いが通じたのか、ある日、北の川の渕に桃の木があって、そこに桃の実がなっているとお告げがあります。早速行動を開始した爺さんと婆さんは一際大きな桃の実を見つけます。ところが、それを取ろうとしたところ枝が折れて桃の実は川へ落ちてしまいます。落胆した爺さん婆さんですが、後日、婆さんが川で洗濯しているとその桃の実が川から流れてきたという筋立てです。

 爺さん/婆さん―神さま、爺さん/婆さん―桃の木、爺さん/婆さん―大きな桃の実、といった対立軸が見受けられます。桃/子供の図式に桃は本来は若返りの妙薬であったことが暗喩されています。現在知られている以前の「桃太郎」では桃を食べて若返った爺さんと婆さんが子づくりして桃太郎が生れたという筋立てとなっていました。折れる/落ちるの図式は桃の獲得に失敗するという試練が与えられたことを暗喩しています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁―婆さん♌♁―神さま♎―桃の木♂☾(♌)☾(☉)―大きな桃の実☉

 といった風に表記できるでしょうか。桃の木と桃の実は登場人物(サブジェクト)ではなくモノ(オブジェクト)ですが、物語上では大きな役割を果たします。子供を授ける桃の実を価値☉と置くと、爺さんと婆さんは享受者♁となります。神さまは爺さん婆さんの願いを聴き遂げて導く訳ですから審判者♎と置けるでしょう。桃の木ですが、爺さん婆さんの援助者☾と置けるでしょう。桃の実が存在するには元となる木が必要です。その点では桃の実の援助者☾とも置けるでしょう。また、枝が折れて桃の実が川に流れてしまうという失敗を犯してしまいます。ここでは桃の木は爺さんに対して対立者♂的に振る舞い試練を課しているとみることも可能です。

◆元型分析

 桃太郎はユングの提唱した元型(アーキタイプ)に照らすと、始原児(the miracle child)と考えることができます。このお話では桃太郎はまだ誕生していませんが、後に大活躍することになる桃太郎の誕生前のエピソードが詳細に語られているという形となります。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんと婆さんはお告げの桃の実を入手することができるか」でしょうか。一度はそれに失敗して聴き手の期待を高める訳です。それに対する発想の飛躍は「枝が折れて桃の実を川に落としてしまう」でしょうか。「爺さん―川/桃の実―桃の木」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんと婆さんはお告げの桃の実を入手することができるか
          ↑
発想の飛躍:枝が折れて桃の実を川に落としてしまう

・爺さん/婆さん―桃の木/お告げ―神さま
         ↑
・爺さん―川/桃の実―桃の木

◆ログライン

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「桃太郎」ですと「神さまのお告げで桃の実を取りに出かけた爺さんと婆さんだったが、桃の木の枝が折れて川に落としてしまう」くらいでしょうか。

◆余談

 桃太郎の前日譚的お話です。爺さんと婆さんは子供が欠落していることになり、桃の実で充足されることになります。日常→非日常→日常と還った末に桃が流れてきます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.284.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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