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2024年12月 1日 (日)

新店舗オープンまでどうするか

近所のキヌヤ(スーパー:石西から石央にかけて店舗を展開)が建て替えで仮店舗で営業していたのだけど、11月末で営業を終了した。新店舗は現在駐車場の舗装も終わり、12月中旬のオープンに向け詰めの段階にある。写真は11月15日にパナソニックTX1で撮影。

キヌヤ長澤店・仮店舗
キヌヤ長澤店・新店舗・建設中
キヌヤ長澤店・新店舗・建設中

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2024年11月30日 (土)

未来社『石見の民話』分析二周目、石西編が終わる。続いて三周目について

未来社『石見の民話』分析二周目、石西編がようやく終わった。これで全163話の分析が一巡した。今年の二月に思い立って始めたので、およそ十か月かかったことになる。石西編は収録話数が他地域に比べて若干多く大変だった。

特に石西編は横浜から浜田への引っ越し作業のピークと重なったので非常に苦しい思いをした。渦中にいたときは心身共に疲弊して「いつになったら終わるのだろう。一刻も早く解放されたい」とばかり願っていた。

書いている最中にかなり考えが変わったので、二巡目というかロールバックして最初から加筆修正を施していかなければならない。まあ、二周目で一番負荷がかかったのが行為項分析だったので(※慣れても毎回これは上手く記述できるだろうか? と疑問に思いながら作業していた)、その点では多少はマシかもしれないが。

大きく変化して方向性を決定づけたのが128話目の「女と蛇」なので、それ以前の127話分についてはかなりの加筆修正をしなければならない。やはり一日一話が限界だろう。順調にいっておよそ半年といったところだろうか。

加えて既に三周目も考えている。三周目ではKH Corderを用いたテキストマイニングを行いたいと考えている。テキストマイニングというのは本来はSNSの書き込みや口コミサイトのレビューといったビッグデータを解析する目的のツールである。要するにとても人力では読み切れないから、統計処理で大雑把な傾向を掴みたいという目的で用いられるのが第一義だろう。

日本の昔話はほとんどが掌編レベルのボリュームで、僕が起こしたあらすじも大体500~2000字くらいに収まるはずなので、目視で十分ではある。敢えてテキストマイニングにかける必要もないのだけど、裏で統計処理を施した結果が図解されるので、そういった意味ではこれまで行ってきた解釈の裏付けにはなるのではないかと考えている。おそらくこの程度のボリュームだと統計処理によって意外な結果が判明するということはないものと予想される。

で、分析の実施に当たってはコーディング・ルールを固めることが肝要となる。これは内容によってケースバイケースでこれといった解決策はないので、個別に試行錯誤するしかない。なので、当初は下準備を進めていき、それが全話終了してから改めてどういう方向性にするか考えたいといった次第である。

……という訳で、これ以降は水面下の作業となる。更新頻度は以前のようにひと月に数記事といったペースに戻るだろう。

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2024年11月29日 (金)

行為項分析――長い話

◆あらすじ

天からへこ(ふんどし)が下がった。

◆モチーフ分析

・天からふんどしが下がった

 『石見の民話』はこの163話目の「長い話」で終わります。今日はもう終わり。これ以上話しないよというニュアンスが込められたお話です。

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)

O(オブジェクト:対象)
O1:天
O2:ふんどし

m(修飾語:Modifier)
m1:下がった

+:接
-:離

・天からふんどしが下がった
(降臨)02ふんどし:O1天-O2ふんどし
(垂下)O2ふんどし:O2ふんどし+m1下がった

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(垂れ下がったふんどしをどう感じるか)
           ↓
送り手(ふんどし)→長く垂れ下がった(客体)→ 受け手(天)
           ↑
補助者(なし)→ ふんどし(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。天もへこ(ふんどし)もオブジェクトです。つまり、その点で意思は介在しませんので行為項モデルは成立しないことになります。無理くり描くとこんな感じでしょうか。ふんどしは長い布ですので、タイトルの「長い話」へと繋がっていきます。それはこれまで続けられてきた長い昔話がこれで今日はおしまいという意味を告げています。

 天―ふんどし、といった対立軸が見受けられます。天上/天下という図式に聖なるものが暗喩されているようにも思えますが、垂れ下がるのはふんどしであるという点で尾籠さがおかしみとして暗喩されています。

 「長い話」は短い話ですが、それ故にテキストのみでの解釈は困難で、昔話を語る行為の終わりを意味するという文脈を汲まないと上手く解釈できないタイプの昔話となります。

 「長い話」をテキストのみで解釈するとナンセンスな話となりますが、お終いの昔話という文脈を考慮すると、「もうおしまい」という名残惜しさを笑いで閉めるというニュアンスが込められていることが理解できます。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

ふんどし♌♂☉(-1)―天☉

 といった風に表記できるでしょうか。これらはいずれもオブジェクトですので、意思は持ちません。そういう意味では分析不能と言えるでしょうか。無理くり解釈すると、天上の世界を意味する天そのものが価値☉とおけるでしょう。それに対して天下に垂れ下がるのがふんどしです。聖なる天上に対し、天下に垂れ下がるのは尾籠なふんどしです。マイナスの価値☉(-1)と置けるでしょう。ふんどしは主体♌であると同時に天の権威を下げている時点で対立者♂でもある訳です。それに対して天は何の判断も下していませんから審判者♎とはなり得ない訳です。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点はメタ視点的なもので「今日の昔話はこれで終わり」でしょうか。昔話の終盤を暗示する話です。それに対する発想の飛躍は「天とふんどしを結びつけること」でしょうか。「天上/天下―聖/尾籠―ふんどし」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:今日の昔話はこれで終わり
         ↑
発想の飛躍:天とふんどしを結びつけること

・昔話/語り―終わり/暗示
       ↑
・天上/天下―聖/尾籠―ふんどし

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「長い話」では、このお話が始まることで今日の昔話は終わりということが暗示されます。「もう終わり」という名残惜しさに対してふんどしが天から垂れ下がるという尾籠さで笑いを誘う仕掛けとなっています。

 図式では「天上/天下―聖/尾籠―ふんどし」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「天―聖―世界―垂れる―ふんどし―下着―長い―尾籠―笑い―昔話―今日―終わり」となります。

 「ふんどし:天上/天下→聖/尾籠→笑い」と図式化すればいいでしょうか。聖なる天上から天下に垂れ下がるのが尾籠なふんどしという図式で聖なるものが尾籠なものとして転倒される、そして笑いに転換される、そういった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「長い話」ですと「天からふんどしが垂れ下がった」くらいでしょうか。

◆余談

 天使の梯子(はしご)の様なものでしょうか。ここでは、ふんどしという下着を描写することで尾籠(びろう)さを表現して笑いを誘う意図が見えます。ひとしきり笑ったところで今日の昔話は終わりという図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.469.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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行為項分析――果てなしばなし

◆あらすじ

 とんとん昔もあった。大きな渕があって、その縁(へり)に大きな栃(とち)の木があった。秋になってその実が落ちはじめた。「からから どんぶり からから どんぶり」

◆モチーフ分析

・大きな渕があって、その縁に大きな栃の木があった
・秋になってその実が落ちはじめた
・からから どんぶり からから どんぶり

 「果てなしばなし」は『石見の民話』に収録された全163話の内、162話目に当たります。つまり、「昔話はそろそろ終わりだよ」と告げるニュアンスが言外に込められているのです。そういった点ではテキストのみでの分析では足りず、文脈を読むことが求められるお話となります。

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)

O(オブジェクト:対象)
O1:渕
O2:栃の木
O3:栃の実

m(修飾語:Modifier)
m1:大きな
m2:秋
m3:からから
m4:どんぶり

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・大きな渕があって、その縁に大きな栃の木があった
(存在)X:X+O1渕
(程度)O1渕:O1渕+m1大きな
(隣接)O2栃の木:O2栃の木+O1渕
・秋になってその実が落ちはじめた
(季節)T:T+m2秋
(落下)O3栃の実:O3栃の実-O2栃の木
・からから どんぶり からから どんぶり
(オノマトペ)O3栃の実:O3栃の実+(m3からから+m4どんぶり)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(オノマトペをどう感じるか)
           ↓
送り手(栃の実)→(客体)→ 受け手(聴き手)
           ↑
補助者(なし)→ 栃の実(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。このお話に登場する渕も栃の木も栃の実もいずれもオブジェクトです。つまり、そこにヒトの意思は働いていません。その点で行為項モデルは成立しないことになりますが、無理くり描くとこんな感じでしょうか。栃の実はどんぐりと置き換えられるでしょう。「からから」はどんぐりが風に揺られる様でしょうか。「どんぶり」はよく分かりませんが、地面か渕に落ちる様でしょうか。

 渕―栃の木、栃の木―栃の実、といった対立軸が見受けられます。からから/どんぶりといったオノマトペの対比の図式に静寂さとそこからもたらされる永遠性が暗喩されているでしょうか。そうしてタイトルの「果てなしばなし」へと繋がっていきます。

 「果てなしばなし」は短い話ですが、それ故にテキストのみでの解釈は困難で、昔話を語る行為の終わりを意味するという文脈を汲まないと上手く解釈できないタイプの昔話となります。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

栃の実♌☉―栃の木☾(☉)―渕☾(☾(☉))

 といった風に表記できるでしょうか。これらはいずれもオブジェクトですので、意思は持ちません。そういう意味では分析不能と言えるでしょうか。無理くり解釈すると、秋の実りを価値☉と置けるでしょうか。その点では栃の実は価値☉とおけるでしょう。栃の木はその援助者☾(☉)、渕は更にその援助者☾(☾(☉))とでもおけるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点はメタ視点的なもので「昔話はもう終わってしまうのか」でしょうか。昔話の終盤を暗示する話です。それに対する発想の飛躍は「実が落ちる様を『からから どんぶり』と形容すること」でしょうか。「栃の実―落ちる―どんぶり/からから―静寂/永続」といった図式です。「もう終わり」という感情に対してオノマトペで永続性を表現しています。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:昔話はもう終わってしまうのか
         ↑
発想の飛躍:実が落ちる様を『からから どんぶり』と形容すること

・昔話/語り―終盤/暗示
      ↑
・栃の実―落ちる―どんぶり/からから―静寂/永続

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「果てなしばなし」では、このお話が始まることで昔話はそろそろ終わりということが暗示されます。「もう終わり」という名残惜しさに対して「からから どんぶり」と昔話の永続性がオノマトペで表現されます。

 図式では「栃の実―落ちる―どんぶり/からから―静寂/永続」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「栃の木―秋―栃の実―実る―落ちる―からから―どんぶり―オノマトペ―無意味―静寂―連想―永続―連想―昔話―終盤―またいずれ」となります。

 「栃の実:オノマトペ→無意味→静寂/永続←語り/終わり」と図式化すればいいでしょうか。オノマトペ自体には意味がありません。受け手によって解釈は異なるでしょう。ここでは静寂と解釈しました。それは永続性へと転換されます。それは語りの終わりに際して提示されることで「またいずれ」と告げるニュアンスを持つことになるでしょう。終わりだから永続性を語る訳です。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「果てなしばなし」ですと「秋になって実った栃の実が静かに落ちた」くらいでしょうか。

◆余談

 栃の木ですので、どんぐりでしょう。秋になって実がなった様を描いています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.469.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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行為項分析――なさけない

◆あらすじ

 昔、お爺さんとお婆さんがいた。お婆さんは菜を買いに行った。お爺さんは酒を買いに行った。どちらもなかったので、なさけないと言った。

◆モチーフ分析

・お爺さんとお婆さんがいた
・お婆さんは菜を買いに行った
・お爺さんは酒を買いに行った
・どちらもなかったので、なさけないと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:爺さん
S2:婆さん

O(オブジェクト:対象)
O1:菜
O2:酒

m(修飾語:Modifier)
m1:なさけない

X:どこか

+:接
-:離

・お爺さんとお婆さんがいた
(存在)X:X+(S1爺さん+S2婆さん)
・お婆さんは菜を買いに行った
(買う)S2婆さん:S2婆さん+O1菜
・お爺さんは酒を買いに行った
(買う)S1爺さん:S1爺さん+O2酒
・どちらもなかったので、なさけないと言った
(買えず)S2婆さん:S2婆さん-O1菜
(買えず)S1爺さん:S1爺さん-O2酒
(嘆息)(S1爺さん+S2婆さん):(S1爺さん+S2婆さん)+m1なさけない

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(買えなかった結果どうなるか)
           ↓
送り手(婆さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(菜)
           ↑
補助者(なし)→ 婆さん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(買えなかった結果どうなるか)
           ↓
送り手(爺さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(酒)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(洒落を含んだ嘆息をどう感じるか)
           ↓
送り手(爺さん、婆さん)→買いに行くが無い(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
           ↑
補助者(なし)→ 爺さん、婆さん(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。お婆さんが菜を買いに、お爺さんが酒を買いに行ったところ、いずれもありませんでした。菜と酒がなかったので「なさけない」と嘆息したという筋立てです。

 爺さん―婆さん、婆さん―菜、爺さん―酒、といった対立軸が見受けられます。菜/酒/なさけないの図式に落胆を洒落のめす爺さんと婆さんのユーモアが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

爺さん♌♁(-1)♎―婆さん♌♁(-1)♎

 といった風に表記できるでしょうか。望みのものを入手することを価値☉と置くと、爺さんと婆さんはいずれも享受者♁となりますが、ここではいずれも入手できませんので
マイナスの享受者♁(-1)としてもいいでしょうか。それぞれ別行動のようですので、相互に援助者ではありません。最後に「なさけない」と洒落含みの嘆息をしますので、両者とも審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「爺さんと婆さんは望むものを入手できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「なさけないと洒落のめした嘆息をすること」でしょうか。「爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:爺さんと婆さんは望むものを入手できるか
         ↑
発想の飛躍:なさけないと洒落のめした嘆息をすること

・婆さん―入手できず―菜
・爺さん―入手できず―酒
       ↑
・爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「なさけない」では、婆さんは菜を、爺さんは酒を入手できなかったため、合わせて「なさけない」と嘆息しています。

 図式では「爺さん/婆さん―入手できず/嘆息―菜/酒」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「婆さん―菜―入手―行動―入手できず―爺さん―酒―入手―行動―入手できず―な―さけ―欠乏―嘆息―洒落―なさけない―情けない」となります。「爺さん/婆さん:菜/酒→入手できず→嘆息/洒落」と図式化すればいいでしょうか。「菜」と「酒」から意味が剥奪されて「な」と「さけ」となります。それらが結合され、欠乏を表す「ない」とも結合され「な+さけ+ない」から「なさけない」「情けない」となります。つまり、何もない状況を洒落のめして「情けない」と表現する訳です。ここでは欠乏による嘆息を洒落に転倒するといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 シニフィアンとシニフィエでしたか、どちらがどちらか失念しましたが、記号や言語は「意味するもの」と「意味されるもの」とに分かれます。信号の「赤」が「止まれ」なら「止まれ:意味するもの」と「赤:意味されるもの」といった具合です。ここでは「意味されるもの」は固定でありつつも、それらが結合されることで「意味するもの」の入れ替えが行われている訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「なさけない」ですと「菜も酒もなかったのを洒落のめして『なさけない』と言った」くらいでしょうか。

◆余談

 年末のお話でしょうか。爺さんと婆さんには自分の思い通りにならなくても、その状況を洒落のめす程度の心の余裕はあるということでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.468.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月28日 (木)

行為項分析――八人の座頭

◆あらすじ

 昔、八人の座頭が山路を歩いていた。すると、路の上へ木の切株がにょきっとのぞいていた。真っ先を歩いていた座頭がごつんと切株で頭を打った。座頭は痛いのをこらえて黙っていた。二番目の座頭もごつんと頭を打った。その座頭も痛いのをこらえて黙っていた。三番目の座頭も頭を打った。そして皆ごつんごつんと頭を打った。そのとき一番目の座頭が今何時(なんどき)じゃと言った。すると一番後ろの座頭が八つの頭(かしら)を今打ったと言った。

◆モチーフ分析

・八人の座頭が山路を歩いていた
・すると路の上へ木の切株がにょきっとのぞいていた
・真っ先を歩いていた座頭がごつんと切株で頭を打った
・座頭は痛いのをこらえて黙っていた
・二番目の座頭もごつんと頭を打った
・その座頭も痛いのをこらえて黙っていた
・三番目の座頭も頭を打った
・そして皆ごつんごつんと頭を打った
・一番目の座頭が今何時じゃと言った
・すると一番後ろの座頭が八つの頭を今打ったと言った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:座頭
S2:座頭
S3:座頭
S4:座頭
S5:座頭
S6:座頭
S7:座頭
S8:座頭

O(オブジェクト:対象)
O1:山路
O2:切株
O3:頭(あたま、かしら)

m(修飾語:Modifier)
m1:ごつんと
m2:無言
m3:耐えて
m4:何時か
m5:八つ
m6:打った
m7:頭

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・八人の座頭が山路を歩いていた
(歩行)(S1座頭+S2座頭+……+S8座頭):(S1座頭+S2座頭+……+S8座頭)+O1山路
・すると路の上へ木の切株がにょきっとのぞいていた
(存在)O1山路:O1山路+O2切株
・真っ先を歩いていた座頭がごつんと切株で頭を打った
(ぶつかる)S1座頭:S1座頭+O2切株
(状態)S1座頭:O3頭+m1ごつんと
・座頭は痛いのをこらえて黙っていた
(無言で耐える)S1座頭:S1座頭+(m2無言+m3耐えて)
・二番目の座頭もごつんと頭を打った
(ぶつかる)S2座頭:S2座頭+O2切株
(状態)S2座頭:O3頭+m1ごつんと
・その座頭も痛いのをこらえて黙っていた
(無言で耐える)S2座頭:S2座頭+(m2無言+m3耐えて)
・三番目の座頭も頭を打った
(ぶつかる)S3座頭:S3座頭+O2切株
(状態)S3座頭:O3頭+m1ごつんと
・そして皆ごつんごつんと頭を打った
(ぶつかる)(S4座頭+S5座頭+……+S8座頭):(S4座頭+S5座頭+……+S8座頭)+O2切株
(状態)(S4座頭+S5座頭+……+S8座頭):O3頭+m1ごつんと
・一番目の座頭が今何時じゃと言った
(尋ねる)S1座頭:S1座頭+(S2座頭+S3座頭+……+S8座頭)
(尋ねる)S1座頭:T+m4何時か
・すると一番後ろの座頭が八つの頭を今打ったと言った
(回答)S8座頭:S8座頭+S1座頭
(回答)S8座頭:O3頭(かしら)+(m5八つ+m6打った)
(意味)S8座頭:T+(m5八つ+m7頭)

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(座頭が耐えた結果どうなるか)
           ↓
送り手(座頭)→切株にぶつかるが無言で耐える(客体)→ 受け手(座頭)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(なし)

     聴き手(座頭が皆耐えた結果どうなるか)
           ↓
送り手(座頭)→ぶつかるのが連鎖する(客体)→ 受け手(座頭)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(なし)

       聴き手(今は何時か)
           ↓
送り手(先頭の座頭)→何時か訊く(客体)→ 受け手(座頭)
           ↑
補助者(なし)→ 座頭(主体)←反対者(なし)

       聴き手(皮肉な回答をどう感じるか)
            ↓
送り手(後ろの座頭)→頭を八つ打ったから八つだと答える(客体)→ 受け手(先頭の座頭)
            ↑
補助者(なし) → 座頭(主体)←反対者(なし)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。八人の座頭が山道を歩いていたところ、切り株に頭をぶつけてしまいます。無言で耐えたため連鎖して皆ぶつけてしまいます。先頭の座頭が今何時か尋ねたところ、しんがりの座頭が頭を八つ打ったから八つだと答えたという筋立てです。

 座頭―座頭、座頭―切株、先頭の座頭―一番後ろの座頭、といった対立軸が見受けられます。あたま/かしらの図式に黙っていたから皆頭をぶつけてしまったという非難が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

S1座頭♌♁(-1)―S2座頭♁(-1)―S3座頭♁(-1)―……―S8座頭♁(-1)♎

 といった風に表記できるでしょうか。安全に歩くことを価値☉と置くと、座頭たちは皆頭をぶつけてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。一番後ろの座頭は先頭の座頭の今何時かという問いかけに皮肉で返しますので審判者♎と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「座頭の受忍はどう帰結するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「痛みを耐えて黙っていたら失敗が連鎖してしまう」「頭をぶつけたことを時刻に置き換えて皮肉を言う」でしょうか。「座頭―ぶつける―連鎖」「しんがりの座頭―あたま/かしら―先頭の座頭」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:座頭の受忍はどう帰結するか
         ↑
発想の飛躍:痛みを耐えて黙っていたら失敗が連鎖してしまう
      頭をぶつけたことを時刻に置き換えて皮肉を言う

・座頭―切株/頭―耐える
     ↑
・座頭―ぶつける―連鎖
・しんがりの座頭―あたま/かしら―先頭の座頭

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「八人の座頭」では、先頭の座頭が痛みをこらえて黙っていたため、切株に頭をぶつける失敗が連鎖してしまいます。

 図式では「座頭―ぶつける―連鎖」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「座頭―先頭―切株―頭(あたま)―ぶつける―痛み―耐える―無言―次―座頭―ぶつける―切株―連鎖―八つ―問う―何時―頭(かしら)―八つ―打った―皮肉―返す―しんがり―座頭」となります。「座頭:頭→ぶつける→連鎖→あたま/かしら→刻」と図式化すればいいでしょうか。八人の頭(あたま)をぶつけてしまうという連鎖が起きる訳ですが、「あたま」を「かしら」と転換させることで今の時刻は八つだと表す、つまり更に「頭」が「刻」に転換されるといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「八人の座頭」ですと「痛いのを我慢していたら、八人とも頭を打ったので、八つの頭を今打ったと皮肉を返した」くらいでしょうか。

◆余談

 不意に頭を打ったときはかなり痛いのですが、皆こらえていたというのも面白みがあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.467.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月27日 (水)

行為項分析――おばあさんと小僧

◆あらすじ

 昔、お婆さんがいた。毎日毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、仏さま、この世に自分のようなふ(運)の悪いものはいない。どうぞ早くあの世へ引き取ってくれと言ってお願いしていた。寺にいたずらな小僧がいた。毎日毎日お婆さんがやってきて、同じことをお願いするので、ひとつ悪戯(いたずら)をしてやろうと思った。ある日仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんはいつもの様にやってきて、仏さまの前へ座ってお願いをした。すると小僧が後ろから、よし、お前は毎日きて熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った。お婆さんはびっくりして、まあ、これの仏さまのような冗談(どうたん)も言えないと言って飛んで帰った。

◆モチーフ分析

・お婆さんがいた
・毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、この世に自分ほど運の悪いものはいないから、どうか早くあの世へ引き取ってくれとお願いしていた
・寺にいたずらな小僧がいた
・毎日お婆さんがやってきて同じことをお願いするので、ひとつ悪戯してやろうと思った
・ある日、仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんがいつもの様にやってきて、仏様の前へ座ってお願いをした
・小僧が後ろから、よし、お前は毎日来て熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った
・お婆さんはびっくりして、まあ、仏さまの様な冗談も言えないと言って飛んで帰った

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:ばあさん
S2:小僧(仏さま)

O(オブジェクト:対象)
O1:寺
O2:仏さま
O3:お迎え
O4:悪戯
O5:冗談

m(修飾語:Modifier)
m1:毎日
m2:不運な
m3:世界一
m4:いたずらな
m5:ある日
m6:明日には
m7:驚いた

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・お婆さんがいた
(存在)X:X+S1ばあさん
・毎日お寺へ参っては、仏さまの前へ座って、この世に自分ほど運の悪いものはいないから、どうか早くあの世へ引き取ってくれとお願いしていた
(参拝)S1ばあさん:S1ばあさん+O1寺
(頻度)S1ばあさん:S1ばあさん+m1毎日
(対座)S1ばあさん:S1ばあさん+O2仏さま
(嘆き)S1ばあさん:S1ばあさん+(m2不運な+m3世界一)
(希求)S1ばあさん:S1ばあさん+O3お迎え
・寺にいたずらな小僧がいた
(存在)O1寺:O1寺+S2小僧
(性質)S2小僧:S2小僧+m4いたずらな
・毎日お婆さんがやってきて同じことをお願いするので、ひとつ悪戯してやろうと思った
(着想)S2小僧:S2小僧+S1ばあさん
(着想)S2小僧:S1ばあさん+O4悪戯
・ある日、仏さまの後ろへ隠れて待っていると、お婆さんがいつもの様にやってきて、仏様の前へ座ってお願いをした
(時)T:T+m5ある日
(隠れる)S2小僧:O2仏さま+S2小僧
(待機)S2小僧:S2小僧+S1ばあさん
(参拝)S1ばあさん:S1ばあさん+O2仏さま
(願う)S1ばあさん:S1ばあさん+O3お迎え
・小僧が後ろから、よし、お前は毎日来て熱心に頼むから、明日のこの頃には引き取ってやる。安心するがよいと言った
(なりすまし)S2仏さま:S1ばあさん+O3お迎え
(予告)T:T+m6明日には
・お婆さんはびっくりして、まあ、仏さまの様な冗談も言えないと言って飛んで帰った
(驚愕)S1ばあさん:S1ばあさん+m7驚いた
(慨嘆)S1ばあさん:O3お迎え+O5冗談
(帰る)S1ばあさん:S1ばあさん-O1寺

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(ばあさんの願いをどう思うか)
           ↓
送り手(ばあさん)→お迎えを願う(客体)→ 受け手(仏さま)
           ↑
補助者(なし)→ ばあさん(主体)←反対者(なし)

     聴き手(小僧の思いつきはどんな悪戯か)
           ↓
送り手(小僧)→悪戯を思いつく(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(ばあさん)

    聴き手(ばあさんはどんな反応をするか)
           ↓
送り手(小僧)→仏になりすます(客体)→ 受け手(ばあさん)
           ↑
補助者(仏さま)→ 小僧(主体)←反対者(ばあさん)

     聴き手(ばあさんの掌返しをどう思うか)
            ↓
送り手(ばあさん)→お迎えは冗談だと覆す(客体)→ 受け手(小僧)
            ↑
補助者(仏さま)→ ばあさん(主体)←反対者(小僧)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。熱心にお寺参りして仏さまに自分ほど運の無い人間はいないから早くお迎えに来てくれと祈るばあさんがいました。そんな姿を見た小僧が悪戯を思いつきます。ある日、仏さまの裏に隠れた小僧はばあさんがやって来ると仏さまになりすまして明日には願いを叶えてやるとお告げをします。驚いたばあさんはあれは冗談だと掌返ししてしまったという筋立てです。

 ばあさん―仏さま、小僧―ばあさん、小僧―仏さま、といった対立軸が見受けられます。信心/冗談と掌返しされる図式にいざとなると命惜しくなってしまう人間の性が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

ばあさん♌♁(-1)―小僧♂―仏さま☉☾(♂)

 といった風に表記できるでしょうか。早くお迎えをという願いを叶えることを価値☉と置くと、ばあさんは享受者♁となります。ところが小僧の悪戯で掌返ししてしまいますので、マイナスの享受者♁(-1)と置けるでしょうか。小僧を対立者と置くと、小僧がなりすました仏さまはその援助者☾(♂)と置けるでしょうか。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「ばあさんの長年の信心は叶えられるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「小僧が仏さまになりすまして悪戯する」「ばあさんがあっさり掌返しする」でしょうか。「ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:ばあさんの長年の信心は叶えられるか
        ↑
発想の飛躍:小僧が仏さまになりすまして悪戯する

・ばあさん―お迎え―仏さま
       ↑
・ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「おばあさんと小僧」では、小僧に悪戯されたばあさんは長年の信心をあっさり掌返しして生命への執着を見せてしまいます。

 図式では「ばあさん―信心/冗談―仏さま/小僧」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「ばあさん―長年―熱心―お迎え―希求―小僧―悪戯―着想―仏さま―背後―隠れる―なりすます―お告げ―願い―叶える―明日にも―驚愕―信心―掌返し―冗談」となります。「ばあさん:小僧/仏さま→お告げ→信心/冗談」と図式化すればいいでしょうか。小僧が仏さまになりすます、つまり小僧から仏への置換がまず為され、その偽りのお告げによってばあさんは長年の信心と希求をあっさり掌返しして「あれは冗談だ」と言い訳してしまう、つまり信心が冗談に瞬時に転倒されるといった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「おばあさんと小僧」ですと「願いを叶えてやるとお告げされたところ、それは冗談だとばあさんは掌返しした」くらいでしょうか。

◆余談

 ばあさんが小僧の声を真に受けてしまうところが魅力的です。私自身、死の恐怖は理屈では割り切れないのだなと痛感したことがありますので、生への執着は普遍的なものでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.465-466.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月26日 (火)

行為項分析――和尚さんと小僧

◆あらすじ

 昔、あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた。和尚は大変酒が好きで、毎晩ちびりちびりと飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった。あるとき和尚は酒が無くなったので、小僧や、一寸(ちょっと)用事に行ってくれないかと言った。そして酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った。「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった。そして酒屋へ入ると、ここに「ごまず」はあるまいから酒をいっぱいくれと言って酒樽をのぞけた。小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれというのではないかなと酒屋の主人は言った。樽にいっぱい酒を入れてもらうと、「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで、唄を唄いながら帰った。しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んでいこうというので、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ。そして川の水を入れて唄いながら帰った。お寺へ帰ると、もう日がとっぷり暮れていた。和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった。上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った。小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ。そして今夜は寝たふりをして、寝ないでいようと相談した。和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲みはじめた。酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず、ああ、ええかんと独り言を言った。すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた。和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った。和尚はしまったと思ったが仕方ない。いや、お前を呼んだのではなかったがと言いながら、「ええかん」にお酒をついでやった。今度は「ええかん」が和尚についだ。「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒がどぶどぶ出て杯からこぼれた。ああ、こすこす(こぼれる)と和尚が言った。すると、「こす」がはあいといって起きてきた。和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった。

◆モチーフ分析

・あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた
・和尚は酒が好きで、毎晩ちびりちびり飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった
・あるとき酒が無くなったので、和尚は小僧や、ちょっと用事に行ってくれないかと言った
・酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った
・「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった
・酒屋へ入ると、「ごまず」はあるまいから酒をくれと言って酒樽をのぞけた
・酒屋の主人は、小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれではないかと言った
・樽にいっぱい酒を入れてもらい「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで唄いながら帰った
・しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んで行こうと言って、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ
・そして川の水を入れて、唄いながら帰った
・お寺へ帰ると、日がとっぷり暮れていた
・和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった、上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った
・小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ
・今夜は寝たふりをして寝ないでいようと相談した
・和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲み始めた
・酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず「ああ、ええかん」と独り言を言った
・すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた
・和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った
・和尚はしまったと思ったが、仕方なく「ええかん」にお酒をついでやった
・今度は「ええかん」が和尚についだ
・「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒が杯からこぼれた
・和尚は、ああ、こすこす(こぼれる)と言った
・すると「こす」がはあいと言って起きてきた
・和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:和尚
S2:ええかん
S3:こす
S4:主人

O(オブジェクト:対象)
O1:寺
O2:弟子
O3:小僧
O4:酒(ごまず)
O5:酒屋
O6:ごまず
O7:樽
O8:竿
O9:土手
O10:水
O11:夕飯
O12:床
O13:嘆息
O14:徳利
O15:杯

m(修飾語:Modifier)
m1:毎晩
m2:ちびりちびり
m3:しばらく
m4:重い
m5:しんどい
m6:日暮れ
m7:大儀な
m8:眠った
m9:そぶり
m10:独りの
m11:燗した
m12:いい塩梅
m13:しくじった
m14:傾いた
m15:急に

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた
(存在)O1寺:O1寺+S1和尚
(配下)S1和尚:S1和尚+(S2ええかん+S3こす)
(属性)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(O2弟子+O3小僧)
・和尚は酒が好きで、毎晩ちびりちびり飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった
(飲用)S1和尚:S1和尚+O4酒
(頻度)S1和尚:O4酒+(m1毎晩+m2ちびりちびり)
(けち)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)-O4酒
・あるとき酒が無くなったので、和尚は小僧や、ちょっと用事に行ってくれないかと言った
(欠乏)S1和尚:S1和尚-O4酒
(言いつけ)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+O5酒屋
・酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った
(企み)S1和尚:O4酒-(S2ええかん+S3こす)
(言いつけ)S1和尚:O5酒屋-O4酒
(言いつけ)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+O4ごまず
・「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった
(運搬)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(O7樽+O8竿)
・酒屋へ入ると、「ごまず」はあるまいから酒をくれと言って酒樽をのぞけた
(入店)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O5酒屋
(予想)(S2ええかん+S3こす):O5酒屋-O6ごまず
(要求)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O4酒
・酒屋の主人は、小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれではないかと言った
(訂正)S4主人:O5酒屋-O4酒
(予想)S4主人:(S2ええかん+S3こす)+O4ごまず
・樽にいっぱい酒を入れてもらい「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで唄いながら帰った
(用意)(S2ええかん+S3こす):S4主人+(O4酒+O7樽)
(離脱)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)-O5酒屋
・しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んで行こうと言って、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ
(時間経過)T:T+m3しばらく
(状態)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(m4重い+m5しんどい)
(置く)(S2ええかん+S3こす):O4酒+O9土手
(飲酒)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O4酒
・そして川の水を入れて、唄いながら帰った
(薄める)(S2ええかん+S3こす):O4酒+O10水
(帰宅)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O1寺
・お寺へ帰ると、日がとっぷり暮れていた
(時刻)T:T+m6日暮れ
・和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった、上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った
(挨拶)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+S1和尚
(ねぎらい)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+m7大儀な
(命令)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+m8眠った
・小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ
(食事)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O11夕飯
(就寝)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O12床
・今夜は寝たふりをして寝ないでいようと相談した
(相談)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(m8眠った+m9そぶり)
・和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲み始めた
(小僧排除)S1和尚:S1和尚+m10独りの
(燗)S1和尚:O4酒+m11燗した
(飲酒)S1和尚:S1和尚+O4酒
(飲酒)S1和尚:O4酒+m2ちびりちびり
・酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず「ああ、ええかん」と独り言を言った
(状態)O4酒:O4酒+(m11燗した+m12いい塩梅)
(嘆息)S1和尚:S1和尚+O13嘆息
・すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた
(起床)S2ええかん:S2ええかん-O12床
(入室)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った
(質問)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・和尚はしまったと思ったが、仕方なく「ええかん」にお酒をついでやった
(しくじり)S1和尚:S1和尚+m13しくじった
(注ぐ)S1和尚:S2ええかん+O4酒
・今度は「ええかん」が和尚についだ
(注ぎ返す)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒が杯からこぼれた
(わざとした行為)S2ええかん:O14徳利+(m14傾いた+m15急に)
(こぼれる)O4酒:O15杯-O4酒
・和尚は、ああ、こすこす(こぼれる)と言った
(嘆息)S1和尚:S1和尚+O13嘆息
・すると「こす」がはあいと言って起きてきた
(起床)S3こす:S3こす-O12床
(入室)S3こす:S3こす+S1和尚
・和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった
(注ぐ)S1和尚:S3こす+O4酒

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

      聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→酒を独り占めする(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

      聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→酒屋に酒を買いに行かせる(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

     聴き手(符丁の入れ替えでどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→符丁を入れ替えて酒を買う(客体)→ 受け手(酒屋)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(なし)

     聴き手(小僧の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(小僧)→土手で勝手に飲酒する(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

       聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→戻ってきたら就寝を促す(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

     聴き手(小僧の企みはどうなるか)
           ↓
送り手(小僧)→互いに相談する(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(小僧)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

     聴き手(小僧の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(小僧)→寝たふりをする(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)

       聴き手(小僧はどうするか)
           ↓
送り手(和尚)→酒を燗して独りで飲む(客体)→ 受け手(小僧)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)

     聴き手(小僧の行為をどう思うか)
           ↓
送り手(小僧)→和尚の嘆息で呼ばれたふりをする(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。あるお寺の和尚は小僧たちに隠れて酒を独り占めしていました。あるとき和尚は小僧たちを酒屋に使いにやります。小僧たちは和尚から言いつけられた和尚と酒屋との間の符丁を入れ替えて酒を買います。そして勝手に飲酒して水で割ります。寺に戻ると和尚は小僧たちをねぎらいつつも就寝を促します。小僧たちは寝たふりをします。酒がいい塩梅に燗され、和尚は思わず嘆息します。その声を自分が呼ばれたと勝手に解釈して小僧たちは起きて出てきます。仕方なく和尚は小僧たちに酒を注いだという筋立てとなっています。

 和尚―小僧、和尚―酒屋、小僧―酒屋、小僧―小僧、といった対立軸が見受けられます。酒/ごまずの図式に和尚と酒屋との間で結ばれた符丁が暗喩されています。また、嘆息/小僧の名前の図式に小僧たちの機知と機転が暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

和尚♌♎―ええかん♂☾(♌)♁―こす♂☾(♌)♁―酒屋☾(♌)

 といった風に表記できるでしょうか。和尚を出し抜くことを価値☉と置くと、ええかんとこすの二人は享受者♁となります。二人は和尚の弟子であり小僧でありますから普段は援助者☾(♌)として振る舞いますが、飲酒を巡って対立者♂と化します。和尚は思わず嘆息した言葉尻を捉えられてまんまと出し抜かれ仕方なく飲酒を認めますので審判者♎と置けるでしょう。酒屋は和尚と符丁を取り交わしていますので援助者☾(♌)と置けます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「小僧たちは和尚を出し抜けるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「小僧たちの名前が『ええかん』『こす』であること」でしょうか。「和尚―酒―ええかん/こす」「和尚―酒/ごまず―酒屋―ええかん/こす」「和尚―嘆息/名前―ええかん/こす」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:小僧たちは和尚を出し抜けるか
        ↑
発想の飛躍:小僧たちの名前が「ええかん」「こす」であること

・和尚―酒―ええかん/こす
       ↑
・和尚―酒/ごまず―酒屋―ええかん/こす
・和尚―嘆息/名前―ええかん/こす

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「和尚さんと小僧」では、和尚と酒屋の間の符丁を小僧が入れ替えたり、和尚の嘆息を自分が呼ばれたふりをして酒にありつくといった行動が見られます。

 図式では「和尚―嘆息/名前―ええかん/こす」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「和尚―小僧―就寝させる―一人きり―酒―燗―飲酒―嘆息―ええかん―名前―呼ばれた―出てくる―仕方なし―酒―注ぐ―注ぎ返す―徳利―傾ける―杯―酒―こぼれる―こすこす―名前―こす―二度―呼ばれた―出てくる―仕方なし―酒―注ぐ」となります。「和尚:ええかん→嘆息/名前+こすこす(こぼれる)→嘆息/名前」と図式化すればいいでしょうか。「ええかん」という嘆息は「ええ燗」ですが、「燗」の意味が剥奪されます。単なる「ええかん」となったところで嘆息に小僧の名前が付与され、別の意味に転換されます。「こすこす」では「こぼれる」という本来の意味が剥奪され、単なる「こす+こす」となります。ここでも嘆息が小僧の名前を二度呼んだ(※急いで呼んだ)ことに転換されます。そういった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 酒をごまずと言い換える符丁については「酒屋:和尚→酒/ごまず←小僧」と図式化できるでしょうか。小僧は和尚の意図を見抜いて言い訳を逆さに表現して酒を入手します。ここでも酒がごまずに相互に転換される概念の操作が行われています。

 シニフィアンとシニフィエでしたか、どちらがどちらか失念しましたが、記号や言語は「意味するもの」と「意味されるもの」とに分かれます。信号の「赤」が「止まれ」なら「止まれ:意味するもの」と「赤:意味されるもの」といった具合です。ここでは「意味されるもの」は固定でありつつも「意味するもの」の入れ替えが行われている訳です。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「和尚さんと小僧」ですと「酒を独り占めしていた和尚だったが、『ええかん』『こすこす』と嘆息したので、自分たちが呼ばれた振りをして小僧たちが起きてきた」くらいでしょうか。

◆余談

 お寺では酒は般若湯と呼びますが、小僧たちの年齢で飲めたのでしょうか。普段飲み慣れていない者が飲酒すると顔が真っ赤になったりしますが。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.461-464.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月25日 (月)

行為項分析――彼岸

◆あらすじ

 昔、たいそう仲の悪い嫁と姑とがいた。あるとき、また二人が喧嘩をはじめた。嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った。姑はいや、ひいがんではない、「ひがん」だと言った。何遍言っても、どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない。しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、それでも勝負がつかない。それでとうとう、それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった。嫁と姑とは二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した。そして、どちらが本当かと言った。和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日(ひてえ)がお中日と言った。それでどちらも勝ち負けはなかった。

◆モチーフ分析

・たいそう仲の悪い嫁と姑がいた
・また二人が喧嘩をはじめた
・嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った
・姑はひいがんではない、「ひがん」だと言った
・どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない
・しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、勝負がつかない
・それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった
・嫁と姑は二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した
・そしてどちらが本当か尋ねた
・和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日がお中日と言った
・それでどちらも勝ち負けはなかった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:嫁
S2:姑
S3:和尚

O(オブジェクト:対象)
O1:彼岸
O2:ひいがん
O3:ひがん
O4:寺
O5:中日

m(修飾語:Modifier)
m1:険悪な
m2:本当の
m3:決着せず(決着つかず)
m4:前の三日
m5:後の三日
m6:中の一日

X:どこか

+:接
-:離

・たいそう仲の悪い嫁と姑がいた
(存在)X:X+(S1嫁+S2姑)
(険悪)S1嫁:S2姑+m1険悪な
・また二人が喧嘩をはじめた
(喧嘩)S1嫁:S1嫁+S2姑
・嫁は彼岸を「ひいがん」だと言った
(読み)S1嫁:O1彼岸+O2ひいがん
・姑はひいがんではない、「ひがん」だと言った
(読み)S2姑:O1彼岸+O3ひがん
・どちらも自分の言うのが本当だと言って聞かない
(主張)S1嫁:O2ひいがん+m2本当の
(主張)S2姑:O3ひがん+m2本当の
(食い違い)S1嫁:S1嫁-S2姑
・しまいにはつかみ合いになって叩いたり蹴ったりして喧嘩をしたが、勝負がつかない
(喧嘩)S1嫁:S1嫁+S2姑
(決着つかず)S1嫁:S2姑+m3決着せず
・それならお寺へ行って和尚に決めてもらおうということになった
(同意)(S1嫁+S2姑):S3和尚+O1彼岸
・嫁と姑は二人連れでお寺へ行って、和尚に訳を話した
(同行)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+O4寺
(事情説明)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+S3和尚
・そしてどちらが本当か尋ねた
(訊く)(S1嫁+S2姑):S3和尚+O1彼岸
・和尚は前の三日がひいがんで、後の三日がひがんで、中に一日がお中日と言った
(回答)S3和尚:O2ひいがん+m4前の三日
(回答)S3和尚:O3ひがん+m5後の三日
(回答)S3和尚:O5中日+m6中の一日
・それでどちらも勝ち負けはなかった
(決着つかず)(S1嫁+S2姑):(S1嫁+S2姑)+m3決着つかず

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(両者の争いはどうなるか)
           ↓
送り手(嫁)→彼岸の読みで言い争う(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(姑)

     聴き手(和尚はどう回答するか)
           ↓
送り手(嫁、姑)→和尚に決めてもらうことにする(客体)→ 受け手(和尚)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁、姑(主体)←反対者(なし)

     聴き手(和尚の回答をどう思うか)
           ↓
送り手(和尚)→両者の間をとった回答をする(客体)→ 受け手(嫁、姑)
           ↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(なし)

     聴き手(両者の争いをどう思うか)
           ↓
送り手(嫁)→決着がつかなかった(客体)→ 受け手(姑)
           ↑
補助者(なし)→ 嫁(主体)←反対者(姑)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。「彼岸」の読みを巡って嫁と姑が言い争います。決着がつかず、和尚に裁定してもらおうということになりますが、和尚は両者の中間をとった回答をし、結局勝負はつかなかったという筋立てです。

 嫁―姑、嫁―和尚、姑―和尚という対立軸が見受けられます。ひがん/ひいがんに家族同士の言い争いの無意味さが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

嫁♌♁(-1)―姑♂♁(-1)―和尚♎

 といった風に表記できるでしょうか。彼岸の読みを決めることを価値☉と置くと、和尚が審判者♎となり、嫁と姑は享受者♁となります。ただ、このお話の場合、決着がつきませんので、マイナスの享受者♁(-1)としてもいいでしょうか。仮に嫁を主体♌と置くと、姑は対立者♂となります。逆もあり得ます。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「嫁姑の言い争いはどう決着するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「和尚が両者の中間で裁定する」でしょうか。「和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:嫁姑の言い争いはどう決着するか
        ↑
発想の飛躍:和尚が両者の中間で裁定する

・嫁―ひいがん/ひがん―姑
       ↑
・和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「彼岸」では、彼岸の読みを巡って言い争った嫁姑が和尚に裁定してもらうことで話をつけますが、和尚は双方の意見を取り入れた和解案を持ち出して勝敗がつかなかったという展開となっています。

 図式では「和尚―彼岸―ひいがん/中日/ひがん―嫁/姑」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「彼岸―嫁―ひいがん―姑―ひがん―言い争い―喧嘩―勝負―つかず―お寺―和尚―裁定―前の三日―ひいがん―後の三日―ひがん―中の一日―中日―勝負―つかず」となります。「和尚:彼岸→ひいがん/ひがん→裁定→ひいがん/中日/ひがん」と図式化すればいいでしょうか。「ひいがん」と「ひがん」という二項対立の不安定な図式を提示し、そこに両者の意見を取り入れて更に中日を設けるという三項鼎立といった安定した図式とする概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。必ずしも二項対立を逆転させるだけが昔話の技法ではないことが分かります。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「彼岸」ですと「彼岸を何と読むかで和尚に裁定してもらったが、和尚は双方の言い分を聞いて勝負がつかなかった」くらいでしょうか。

◆余談

 私はちょうどお彼岸の日に亡くなった同級生が夢に現れたことがあります。引っ越しするから手伝ってくれといったような夢でしたが、彼はようやく彼岸へ旅立ったのだなと思いました。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.460.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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2024年11月24日 (日)

行為項分析――西行法師と小野小町

◆あらすじ
 昔、西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた。鳴門の手前のところで小野小町が茶屋を出していた。西行は小野小町とは知らないから茶店へ寄ってお茶を飲んで色々話すうちに、小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた。自分は阿波の鳴門があまり大きな音で鳴るので、これを封じようと思ってきたところだと西行が言うと、それではお坊さまは何で封じようと思われますかと小町が言った。自分は「山畑の」でいこうと思うと西行は答えた。小町はそれを聞くと一寸(ちょっと)用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ。すると、それまで大きな音をたてていた鳴門はぱったり止んだ。しまった、西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった。

◆モチーフ分析

・西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた
・鳴門の手前で小野小町が茶屋を出していた
・西行は小野小町とは知らないから茶店へよってお茶を飲んで色々話をした
・小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた
・西行法師が阿波の鳴門が大きな音を立てて鳴るのを封じようと思って来たところだと言った
・小町がそれではお坊さまは何で封じようと思われますかと訊いた
・西行は「山畑の」でいこうと思うと答えた
・それを聞いた小町はちょっと用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ
・すると、それまで大きな音をたてていた鳴門がぱったり止んだ
・西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:西行
S2:小野小町(女)

O(オブジェクト:対象)
O1:阿波
O2:鳴門
O3:茶屋
O4:茶
O5:上の句
O6:和歌

m(修飾語:Modifier)
m1:うるさい
m2:行く先
m3:いかに

X:どこか
T:時

+:接
-:離

・西行法師が阿波の鳴門があまりに大きな音をたてて鳴るので、これを封じようと思ってやってきた
(到来)S1西行:S1西行+(O1阿波+O2鳴門)
(理由)O2鳴門:O2鳴門+m1うるさい
(動機)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
・鳴門の手前で小野小町が茶屋を出していた
(出店)S2小野小町:S2小野小町+(O3茶屋+O2鳴門)
・西行は小野小町とは知らないから茶店へよってお茶を飲んで色々話をした
(来店)S1西行:S1西行+O3茶屋
(喫茶)S1西行:S1西行+O4茶
(会話)S1西行:S1西行+S2女
・小町がお坊さまはこれからどちらへお出ででございますかと尋ねた
(質問)S2小野小町:S1西行+m2行く先
・西行法師が阿波の鳴門が大きな音を立てて鳴るのを封じようと思って来たところだと言った
(回答)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
・小町がそれではお坊さまは何で封じようと思われますかと訊いた
(質問)S2小野小町:S1西行+m3いかに
・西行は「山畑の」でいこうと思うと答えた
(回答)S1西行:S2女+O5上の句
・それを聞いた小町はちょっと用事に立ったような振りをして、裏から出て鳴門へ向かって「山畑のつくり荒らしのととこ草 粟になれとは誰がいうたか」と歌を詠んだ
(情報入手)S2小野小町:S2小野小町+O5上の句
(離席)S2小野小町:S2小野小町-O3茶屋
(詠歌)S2小野小町:S2小野小町+O6和歌
・すると、それまで大きな音をたてていた鳴門がぱったり止んだ
(静止)O6和歌:O2鳴門-m1うるさい
・西行は気がついて慌てて鳴門へ飛んでいったが、小町に先を越されて負けてしまった
(気づく)S1西行:O2鳴門-m1うるさい
(急行)S1西行:S1西行+O2鳴門
(敗北)S1西行:S2小野小町-S1西行

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

     聴き手(西行の迂闊さをどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→鳴門に来た意図を訊かれ、上の句を教えてしまう(客体)→ 受け手(小町)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小町)

     聴き手(小町の立ち回りをどう思うか)
           ↓
送り手(小町)→西行の上の句を利用して鳴門を封じる(客体)→ 受け手(鳴門)
           ↑
補助者(西行)→ 小町(主体)←反対者(西行)

     聴き手(西行の迂闊さをどう思うか)
           ↓
送り手(西行)→小町に先を越されてしまう(客体)→ 受け手(小町)
           ↑
補助者(なし)→ 西行(主体)←反対者(小町)


といった行為項モデルが作成できるでしょうか。ここでは受け手に本来はオブジェクトである鳴門を一部採り入れています。

 鳴門の騒音を封じるために西行が阿波の国にやって来ます。途中、立ち寄った茶店で西行が女主人が小野小町であることを知らずにうっかり上の句を教えてしまいます。茶店を抜け出した小町は西行の上の句を利用して詠歌、鳴門を封じてしまいます。西行は小野小町に先を越されてしまったという筋立てです。

 西行―鳴門、西行―小野小町、小野小町―鳴門、といった対立軸が見受けられます。詠歌/封印の図式に名高い歌人の詠む和歌には超自然的な力が込められていることが暗喩されています。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

西行♌♎―小野小町☾(♌)♂♁

 といった風に表記できるでしょうか。鳴門の騒音を封じることを価値☉と置くと、抜け駆けした小野小町が享受者♁となります。小野小町は茶店で西行をもてなしますので、初めは西行の援助者☾(♌)として登場しますが、実は対立者♂であることが明らかとなります。抜け駆けされたことに気づいた西行は審判者♎と置けるでしょう。

◆物語の焦点と発想の飛躍

 グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。

 この物語の焦点は「西行と小野小町の関係はどう展開するか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「西行の上の句」でしょうか。「西行―上の句/封印―小町」といった図式です。

◆昔話の創発モデル

 下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。


物語の焦点:西行と小野小町の関係はどう展開するか
        ↑
発想の飛躍:西行の上の句

・西行―茶店―女/小町
     ↑
・西行―上の句/封印―小町

◆発想の飛躍と概念の操作

 発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。

 呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。

 「西行法師と小野小町」では、うっかり上の句を教えてしまった西行法師がその上の句をちゃっかり利用して小野小町に鳴門の騒音の封印を先んじられてしまう展開となっています。

 図式では「西行―上の句/封印―小町」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「西行―名高い―歌人―来訪―阿波―鳴門―騒音―封じる―茶店―休憩―女―上の句―うっかり―教える―小野小町―抜け駆け―詠歌―封印―騒音―鳴門」となります。「小野小町:詠歌→上の句/超自然的力→騒音/封印」と図式化すればいいでしょうか。西行がうっかり漏らした上の句は超自然的な力として転換され、鳴門という大自然の騒音を封印するという転換といった概念の操作が行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。

 「鳴門:詠歌→超自然的力/大自然→轟音/静止」とも図式化できるでしょうか。和歌に込められた超自然的な力が大自然の働きを凌駕し、轟音が静止するという転倒が起きています。

 以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。

 転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。

 シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。

 呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。

◆ログライン≒モチーフ

 ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。

 「西行法師と小野小町」ですと「小町にうっかり上の句を教えたところ、模倣されて先を越されてしまった」くらいでしょうか。

◆余談

 石西の人は西行法師が負ける話が好みなのでしょうか。これも歌心があって魅力的です。名高い歌人の詠む歌には超自然的な力が宿っていて、大自然をも封じてしまうというスケールの大きな話ともなっています。小野小町のちゃっかりした側面も見どころです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.458-459.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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