◆あらすじ
昔、たいへん身上のよい家があった。その家は旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた。旦那さんはその猫をとても可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いで何かといえばいじめていた。ある日、奥さんが魚を買っておいたところ、猫がそれを見つけて取って食べた。それを見た奥さんは傍にあった庖丁(ほうちょう)を投げつけた。庖丁は猫の目に当たったので猫は鳴きながら逃げた。旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかないと猫が喰うと言った。猫はそのままどこへ行ったものか、とうとう帰ってこなかった。それから何日か経って、旦那さんは旅に出かけた。途中道に迷って山の中へ入ったが、その内とうとう日が暮れてしまった。家がないので困ってとぼとぼ行く内に向こうに火が見えてきたので喜んで行ってみると一軒の家があった。そこで道に迷った旨伝えて泊めてくれるよう頼むと、中から白髪のお爺さんとお婆さんが出てきて快く泊めてくれた。奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた。そして口々に今晩はお客さんがあるそうで結構でございますと挨拶するので旦那さんは気味が悪くなってきた。すると障子が開いて、一番しまいにやってきた手拭いを被った女の人が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた。その内にだんだん夜が更けて皆寝てしまった。すると手拭いを被っていた女が旦那さんと言って小さな声で旦那さんを揺り起こした。目を覚ますと、私は旦那さんに小さい時から可愛がって頂いた猫です。ここは猫やだけしと言って猫の家です。今皆があなたを食べる相談をしているところですから一時も早く逃げて下さい。ここから家まで八里ほどありますが、私が連れて出てあげます。私の背中に負われてくださいと言った。旦那さんは驚いて猫の背中に負われた。猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た。そして、ここからはすぐ家ですからお帰り下さい。私は帰ると他の猫から殺されますからこの松の木へ登って死にますと言った。旦那さんはどうもありがとうと言って別れて家へ帰った。そして明くる朝早く松の木の下へ行ってみると猫が木から落ちて死んでいた。よく見ると片目が潰れていたので旦那さんのところにいた猫だと分かった。
◆モチーフ分析
・身上のよい家があった
・その家では旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた
・旦那さんは猫を可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いでいじめていた
・奥さんが魚を買っておいたところ、猫が取って食べてしまった
・奥さんは庖丁を投げつけ、猫の目に当たった
・旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかなければ猫が食うと言った
・猫はどこへ行ったものか、帰ってこなかった
・何日か経って旦那さんが旅に出かけた
・途中、道に迷って山の中へ入った
・日が暮れてしまった
・灯りが見えたので行ってみると一軒の家があった
・旦那さんが泊めてくれるよう頼むと、白髪の爺さんと婆さんが出てきて快く泊めてくれた
・奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた
・口々に今晩はお客さんがあることで結構でございますと挨拶した
・気味が悪くなった旦那さんだったが、最後にやってきた手拭いを被った女が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた
・夜が更けてきて皆寝てしまった
・手拭いを被った女が旦那さんを揺り起こした
・自分は小さい時から可愛がってもらった猫であると言った
・ここは「猫やだけし」と言って猫の家であると言った
・今皆があなたを食べる相談をしているから一時も早く逃げなさいと言う
・ここから家まで八里ほどあるが、自分が連れて出てあると言う
・驚いた旦那さんは猫の背中に負われた
・猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た
・猫は自分は帰ると他の猫から殺されるから、松の木に登って死ぬと言った
・旦那さんは感謝して猫と別れて家へ帰った
・明くる朝、松の木の下へ行ってみると、猫が木から落ちて死んでいた
・片目が潰れていたので、旦那さんのところにいた猫だと分かった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:旦那
S2:奥さん
S3:猫(女)
S4:爺さん
S5:婆さん
S6:人々(他の猫)
O(オブジェクト:対象)
O1:家
O2:魚
O3:包丁
O4:目
O5:旅
O6:山中
O7:灯り
O8:一軒家(猫やだけし)
O9:正体
O10:八里
O11:松
m(修飾語)
m1:身上のよい
m2:痩せた
m3:猫が好む
m4:道に迷った
m5:日が暮れた
m6:就寝した
m7:気味の悪い
m8:起きた
m9:死んだ
m10:片目が潰れた
X:どこか
+:接
-:離
・身上のよい家があった
(存在)X:O1家+m1身上のよい
・その家では旦那さんと奥さんが痩せ猫を一匹飼っていた
(飼育)(S1旦那+S2奥さん):(S1旦那+S2奥さん)+S3猫
(痩身)S3猫:S3猫+m2痩せた
・旦那さんは猫を可愛がっていたが、奥さんは猫が嫌いでいじめていた
(愛育)S1旦那:S1旦那+S3猫
(嫌悪)S2奥さん:S2奥さん-S3猫
・奥さんが魚を買っておいたところ、猫が取って食べてしまった
(購入)S2奥さん:S2奥さん+O2魚
(奪取)S3猫:S3猫+O2魚
・奥さんは庖丁を投げつけ、猫の目に当たった
(投げつけ)S2奥さん:S3猫+O3包丁
(命中)O3包丁:O3包丁+O4目
・旦那さんは魚は昔から猫の好くものだから、しまっておかなければ猫が食うと言った
(好み)S1旦那:O2魚+m3猫が好む
(隠す)S2奥さん:O2魚-S3猫
(結果)S3猫:S3猫+O2魚
・猫はどこへ行ったものか、帰ってこなかった
(行方不明)S3猫:S3猫-X
・何日か経って旦那さんが旅に出かけた
(旅行)S1旦那:S1旦那-X
・途中、道に迷って山の中へ入った
(迷う)S1旦那:S1旦那+m4道に迷った
(入山)S1旦那:S1旦那+O6山中
・日が暮れてしまった
(日没)O6山中:O6山中+m5日が暮れた
・灯りが見えたので行ってみると一軒の家があった
(目視)S1旦那:S1旦那+O7灯り
(たどり着く)S1旦那:S1旦那+O8一軒家
・旦那さんが泊めてくれるよう頼むと、白髪の爺さんと婆さんが出てきて快く泊めてくれた
(交渉)S1旦那:S1旦那+(S4爺さん+S5婆さん)
(成立)S1旦那:S1旦那+O8一軒家
・奥の一間で寝ていると、夜中頃になって人がぞろぞろ集まってきた
(就寝)S1旦那:S1旦那+m6就寝した
(来訪)S6人々:S6人々+O8一軒家
・口々に今晩はお客さんがあることで結構でございますと挨拶した
(挨拶)S6人々:S6人々+(S4爺さん+S5婆さん)
・気味が悪くなった旦那さんだったが、最後にやってきた手拭いを被った女が入ってきて旦那さんの顔をじっと見ていた
(不審)S1旦那:S6人+m7気味の悪い
(登場)S3女:S3女+S1旦那
・夜が更けてきて皆寝てしまった
(就寝)S6人:S6人+m6就寝した
・手拭いを被った女が旦那さんを揺り起こした
(起こす)S3女:S1旦那+m8起きた
・自分は小さい時から可愛がってもらった猫であると言った
(打ち明ける)S3女:S1旦那+O9正体
・ここは「猫やだけし」と言って猫の家であると言った
(解明)S3女:S1旦那+O8猫やだけし
・今皆があなたを食べる相談をしているから一時も早く逃げなさいと言う
(警告)S3女:S1旦那-O8猫やだけし
・ここから家まで八里ほどあるが、自分が連れて出てあると言う
(距離)O10八里:O8猫やだけし-X
(提案)S3猫:S1旦那+X
・驚いた旦那さんは猫の背中に負われた
(背負う)S3猫:S3猫+S1旦那
・猫は一生懸命に走って、ようやく家の近くまで来た
(到着)S3猫:S3猫+O1家
・猫は自分は帰ると他の猫から殺されるから、松の木に登って死ぬと言った
(予告)S3猫:S6他の猫-S3猫
(予告)S3猫:S3猫-S3猫
・旦那さんは感謝して猫と別れて家へ帰った
(別れ)S1旦那:S1旦那-S3猫
(帰宅)S1旦那:S1旦那+O1家
・明くる朝、松の木の下へ行ってみると、猫が木から落ちて死んでいた
(訪問)S1旦那:S1旦那+O11松
(状態)S1旦那:O11松-S3猫
(状態)S1旦那:S3猫+m9死んだ
・片目が潰れていたので、旦那さんのところにいた猫だと分かった
(状態)S1旦那:S3猫+m10片目が潰れた
(確認)S1旦那:O1家-S3猫
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(旦那の飼っている猫はどうなるか)
↓
送り手(旦那)→可愛がる(客体)→ 受け手(猫)
↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(奥さん)
聴き手(魚を盗まれた奥さんはどうするか)
↓
送り手(猫)→魚を奪う(客体)→ 受け手(奥さん)
↑
補助者(なし)→ 猫(主体)←反対者(奥さん)
聴き手(目を怪我した猫はどうするか)
↓
送り手(奥さん)→包丁を投げる(客体)→ 受け手(猫)
↑
補助者(なし)→ 奥さん(主体)←反対者(旦那)
聴き手(奥さんを諭した結果どうなるか)
↓
送り手(旦那)→諭す(客体)→ 受け手(奥さん)
↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(奥さん)
聴き手(道に迷った旦那はどうなるか)
↓
送り手(旦那)→一夜の宿を乞う(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(爺さん、婆さん)
聴き手(集まった人たちは何者か)
↓
送り手(人)→旦那の来訪を喜ぶ(客体)→ 受け手(爺さん、婆さん)
↑
補助者(なし)→ 人(主体)←反対者(旦那)
聴き手(猫屋敷に泊まってしまった旦那はどうなるか)
↓
送り手(女)→一軒家の正体を明かす(客体)→ 受け手(旦那)
↑
補助者(なし)→ 女(主体)←反対者(人、爺さん、婆さん)
聴き手(旦那は無事帰宅できるか)
↓
送り手(猫)→家まで送り届ける(客体)→ 受け手(旦那)
↑
補助者(なし)→ 猫(主体)←反対者(人、爺さん、婆さん)
聴き手(旦那は猫の恩返しにどうするか)
↓
送り手(旦那)→死んだ猫を確認する(客体)→ 受け手(猫)
↑
補助者(なし)→ 旦那(主体)←反対者(なし)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。裕福な家で猫を飼っていました。旦那さんは猫を可愛がっていましたが、奥さんは猫を嫌っていました。ある日、猫が魚を盗んだので奥さんは包丁を投げつけます。すると包丁が猫の目に当たって片目が潰れてしまいます。猫はそのまま姿を消しました。しばらく後、旦那が旅をしていると道に迷い山中の一軒家にたどり着きました。泊めてもらうことになったのですが、寝ていると来客が次々と訪れて一軒家の主人に挨拶します。気味悪く思った旦那に一人の女が話しかけます。女は旦那が可愛がっていた猫で、ここは猫屋敷だから逃げろと促します。猫の背に乗せられた旦那は無事家にたどり着きます。仲間を裏切った猫は松の木から飛び降りて自殺すると言い残します。翌朝行ってみると片目の潰れた猫が死んでいたという筋立てです。
旦那―猫、奥さん―猫、旦那―奥さん、旦那―爺さん/婆さん、旦那―人々、旦那―女、といった対立軸が見受けられます。一軒家/猫やだけしという図式に猫は人を喰らう妖怪ともなり得るという思考が暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
旦那♌♁―猫(女)☾(♌)―奥さん♂(☾)―爺さん/婆さん♂☾(♌)(-1)―人々♂
といった風に表記できるでしょうか。旦那の生還を価値☉と置くと、旦那自身は享受者♁となり、猫はその援助者☾となります。一軒家の爺さんと婆さんの正体は猫で旦那の命を狙う対立者♂ですが、道に迷った旦那を快く泊める風を装いますので、マイナスの援助者
☾とみることも可能でしょうか。集まってくる人々も旦那を食うために集まってきたもので、対立者♂と置けます。難しいのは奥さんの役割で、旦那にとっては日々の生活の援助者☾ですが、猫にとっては大怪我をさせ追放する対立者として振る舞います。援助者の対立者♂(☾)と置けるでしょうか。これはスーリオが想定していなかった役割です。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「猫屋敷に迷い込んだ旦那は無事生還できるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「猫やだけし」「可愛がっていた猫が仲間を裏切り救う」でしょうか。「旦那―一軒家/猫やだけし―爺さん/婆さん=猫」「女=猫―旦那―人々=猫」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:猫屋敷に迷い込んだ旦那は無事生還できるか
↑
発想の飛躍:猫やだけし
・旦那―一軒家/猫やだけし―爺さん/婆さん=猫
↑
・一軒家/猫やだけし
・女=猫―旦那―人々=猫
◆ログライン
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「猫やだけし」ですと「猫屋敷に宿をとって喰われそうになった旦那だが可愛がっていた猫が手引きしてくれ無事脱出した」くらいでしょうか。
◆余談
猫もヒトをとって食う話があるという事例です。主人公である旦那は日常→非日常→日常へと還るのです。
猫の片目が潰れる、ここでは他の猫と旦那が飼っていた猫を区別するための印として用いられているようです。片目が失われたから何か特別なものが見えるといったようなことは起こりません。
猫の報恩的なお話ですが、お話は旦那が自分を助けてくれた猫が自分の飼い猫だったと認識するところで終わります。猫には大いに感謝したはずですが、丁寧に弔った等の描写はされていません。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.294-296.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)