◆あらすじ
昔、あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた。和尚は大変酒が好きで、毎晩ちびりちびりと飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった。あるとき和尚は酒が無くなったので、小僧や、一寸(ちょっと)用事に行ってくれないかと言った。そして酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った。「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった。そして酒屋へ入ると、ここに「ごまず」はあるまいから酒をいっぱいくれと言って酒樽をのぞけた。小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれというのではないかなと酒屋の主人は言った。樽にいっぱい酒を入れてもらうと、「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで、唄を唄いながら帰った。しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んでいこうというので、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ。そして川の水を入れて唄いながら帰った。お寺へ帰ると、もう日がとっぷり暮れていた。和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった。上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った。小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ。そして今夜は寝たふりをして、寝ないでいようと相談した。和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲みはじめた。酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず、ああ、ええかんと独り言を言った。すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた。和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った。和尚はしまったと思ったが仕方ない。いや、お前を呼んだのではなかったがと言いながら、「ええかん」にお酒をついでやった。今度は「ええかん」が和尚についだ。「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒がどぶどぶ出て杯からこぼれた。ああ、こすこす(こぼれる)と和尚が言った。すると、「こす」がはあいといって起きてきた。和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった。
◆モチーフ分析
・あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた
・和尚は酒が好きで、毎晩ちびりちびり飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった
・あるとき酒が無くなったので、和尚は小僧や、ちょっと用事に行ってくれないかと言った
・酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った
・「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった
・酒屋へ入ると、「ごまず」はあるまいから酒をくれと言って酒樽をのぞけた
・酒屋の主人は、小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれではないかと言った
・樽にいっぱい酒を入れてもらい「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで唄いながら帰った
・しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んで行こうと言って、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ
・そして川の水を入れて、唄いながら帰った
・お寺へ帰ると、日がとっぷり暮れていた
・和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった、上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った
・小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ
・今夜は寝たふりをして寝ないでいようと相談した
・和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲み始めた
・酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず「ああ、ええかん」と独り言を言った
・すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた
・和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った
・和尚はしまったと思ったが、仕方なく「ええかん」にお酒をついでやった
・今度は「ええかん」が和尚についだ
・「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒が杯からこぼれた
・和尚は、ああ、こすこす(こぼれる)と言った
・すると「こす」がはあいと言って起きてきた
・和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:和尚
S2:ええかん
S3:こす
S4:主人
O(オブジェクト:対象)
O1:寺
O2:弟子
O3:小僧
O4:酒(ごまず)
O5:酒屋
O6:ごまず
O7:樽
O8:竿
O9:土手
O10:水
O11:夕飯
O12:床
O13:嘆息
O14:徳利
O15:杯
m(修飾語:Modifier)
m1:毎晩
m2:ちびりちびり
m3:しばらく
m4:重い
m5:しんどい
m6:日暮れ
m7:大儀な
m8:眠った
m9:そぶり
m10:独りの
m11:燗した
m12:いい塩梅
m13:しくじった
m14:傾いた
m15:急に
X:どこか
T:時
+:接
-:離
・あるお寺に和尚がいた。その弟子に「ええかん」という小僧と「こす」という小僧がいた
(存在)O1寺:O1寺+S1和尚
(配下)S1和尚:S1和尚+(S2ええかん+S3こす)
(属性)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(O2弟子+O3小僧)
・和尚は酒が好きで、毎晩ちびりちびり飲んでいたが、小僧たちには少しも飲ませなかった
(飲用)S1和尚:S1和尚+O4酒
(頻度)S1和尚:O4酒+(m1毎晩+m2ちびりちびり)
(けち)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)-O4酒
・あるとき酒が無くなったので、和尚は小僧や、ちょっと用事に行ってくれないかと言った
(欠乏)S1和尚:S1和尚-O4酒
(言いつけ)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+O5酒屋
・酒と言っては小僧が知るからと思って、酒はあるまいから「ごまず」を買って来てくれと言った
(企み)S1和尚:O4酒-(S2ええかん+S3こす)
(言いつけ)S1和尚:O5酒屋-O4酒
(言いつけ)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+O4ごまず
・「ええかん」と「こす」は樽を竿に通して担いでいった
(運搬)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(O7樽+O8竿)
・酒屋へ入ると、「ごまず」はあるまいから酒をくれと言って酒樽をのぞけた
(入店)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O5酒屋
(予想)(S2ええかん+S3こす):O5酒屋-O6ごまず
(要求)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O4酒
・酒屋の主人は、小僧さん、酒はあるまいから「ごまず」をくれではないかと言った
(訂正)S4主人:O5酒屋-O4酒
(予想)S4主人:(S2ええかん+S3こす)+O4ごまず
・樽にいっぱい酒を入れてもらい「ええかん」と「こす」は竿に通して担いで唄いながら帰った
(用意)(S2ええかん+S3こす):S4主人+(O4酒+O7樽)
(離脱)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)-O5酒屋
・しばらく帰ると、これは重い。しんどくていけない。一口飲んで行こうと言って、二人は土手の上へ据えてぐいぐい飲んだ
(時間経過)T:T+m3しばらく
(状態)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(m4重い+m5しんどい)
(置く)(S2ええかん+S3こす):O4酒+O9土手
(飲酒)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O4酒
・そして川の水を入れて、唄いながら帰った
(薄める)(S2ええかん+S3こす):O4酒+O10水
(帰宅)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O1寺
・お寺へ帰ると、日がとっぷり暮れていた
(時刻)T:T+m6日暮れ
・和尚さま、今帰りましたと言うと、大儀だった、上がって早く寝ないと、また朝うんうん言うからと和尚は言った
(挨拶)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+S1和尚
(ねぎらい)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+m7大儀な
(命令)S1和尚:(S2ええかん+S3こす)+m8眠った
・小僧たちは夕飯を食べると、早く床へ潜りこんだ
(食事)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O11夕飯
(就寝)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+O12床
・今夜は寝たふりをして寝ないでいようと相談した
(相談)(S2ええかん+S3こす):(S2ええかん+S3こす)+(m8眠った+m9そぶり)
・和尚は一人になると酒を沸かして、ちびりちびり飲み始めた
(小僧排除)S1和尚:S1和尚+m10独りの
(燗)S1和尚:O4酒+m11燗した
(飲酒)S1和尚:S1和尚+O4酒
(飲酒)S1和尚:O4酒+m2ちびりちびり
・酒はちょうどいい塩梅に沸いていたので、和尚は思わず「ああ、ええかん」と独り言を言った
(状態)O4酒:O4酒+(m11燗した+m12いい塩梅)
(嘆息)S1和尚:S1和尚+O13嘆息
・すると、「ええかん」がはあいと言って起きてきた
(起床)S2ええかん:S2ええかん-O12床
(入室)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・和尚さま、何か用事ですかと「ええかん」は言った
(質問)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・和尚はしまったと思ったが、仕方なく「ええかん」にお酒をついでやった
(しくじり)S1和尚:S1和尚+m13しくじった
(注ぐ)S1和尚:S2ええかん+O4酒
・今度は「ええかん」が和尚についだ
(注ぎ返す)S2ええかん:S2ええかん+S1和尚
・「ええかん」は急に徳利を傾けたので、酒が杯からこぼれた
(わざとした行為)S2ええかん:O14徳利+(m14傾いた+m15急に)
(こぼれる)O4酒:O15杯-O4酒
・和尚は、ああ、こすこす(こぼれる)と言った
(嘆息)S1和尚:S1和尚+O13嘆息
・すると「こす」がはあいと言って起きてきた
(起床)S3こす:S3こす-O12床
(入室)S3こす:S3こす+S1和尚
・和尚さま、何か用事ですかと「こす」は言ったので、和尚はまた仕方なしに酒をついでやった
(注ぐ)S1和尚:S3こす+O4酒
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(小僧はどうするか)
↓
送り手(和尚)→酒を独り占めする(客体)→ 受け手(小僧)
↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)
聴き手(小僧はどうするか)
↓
送り手(和尚)→酒屋に酒を買いに行かせる(客体)→ 受け手(小僧)
↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)
聴き手(符丁の入れ替えでどうなるか)
↓
送り手(小僧)→符丁を入れ替えて酒を買う(客体)→ 受け手(酒屋)
↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(なし)
聴き手(小僧の行為をどう思うか)
↓
送り手(小僧)→土手で勝手に飲酒する(客体)→ 受け手(和尚)
↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)
聴き手(小僧はどうするか)
↓
送り手(和尚)→戻ってきたら就寝を促す(客体)→ 受け手(小僧)
↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)
聴き手(小僧の企みはどうなるか)
↓
送り手(小僧)→互いに相談する(客体)→ 受け手(小僧)
↑
補助者(小僧)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)
聴き手(小僧の行為をどう思うか)
↓
送り手(小僧)→寝たふりをする(客体)→ 受け手(和尚)
↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)
聴き手(小僧はどうするか)
↓
送り手(和尚)→酒を燗して独りで飲む(客体)→ 受け手(小僧)
↑
補助者(なし)→ 和尚(主体)←反対者(小僧)
聴き手(小僧の行為をどう思うか)
↓
送り手(小僧)→和尚の嘆息で呼ばれたふりをする(客体)→ 受け手(和尚)
↑
補助者(なし)→ 小僧(主体)←反対者(和尚)
といった行為項モデルが作成できるでしょうか。あるお寺の和尚は小僧たちに隠れて酒を独り占めしていました。あるとき和尚は小僧たちを酒屋に使いにやります。小僧たちは和尚から言いつけられた和尚と酒屋との間の符丁を入れ替えて酒を買います。そして勝手に飲酒して水で割ります。寺に戻ると和尚は小僧たちをねぎらいつつも就寝を促します。小僧たちは寝たふりをします。酒がいい塩梅に燗され、和尚は思わず嘆息します。その声を自分が呼ばれたと勝手に解釈して小僧たちは起きて出てきます。仕方なく和尚は小僧たちに酒を注いだという筋立てとなっています。
和尚―小僧、和尚―酒屋、小僧―酒屋、小僧―小僧、といった対立軸が見受けられます。酒/ごまずの図式に和尚と酒屋との間で結ばれた符丁が暗喩されています。また、嘆息/小僧の名前の図式に小僧たちの機知と機転が暗喩されています。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
和尚♌♎―ええかん♂☾(♌)♁―こす♂☾(♌)♁―酒屋☾(♌)
といった風に表記できるでしょうか。和尚を出し抜くことを価値☉と置くと、ええかんとこすの二人は享受者♁となります。二人は和尚の弟子であり小僧でありますから普段は援助者☾(♌)として振る舞いますが、飲酒を巡って対立者♂と化します。和尚は思わず嘆息した言葉尻を捉えられてまんまと出し抜かれ仕方なく飲酒を認めますので審判者♎と置けるでしょう。酒屋は和尚と符丁を取り交わしていますので援助者☾(♌)と置けます。
◆物語の焦点と発想の飛躍
グレマスの行為項モデルに「聴き手の関心」という項目を付け加えた訳ですが、これは「物語の焦点」とも置き換えられます。ここで、昔話の肝を「物語の焦点」に如何に「発想の飛躍」をぶつけるかと考えます。
この物語の焦点は「小僧たちは和尚を出し抜けるか」でしょうか。それに対する発想の飛躍は「小僧たちの名前が『ええかん』『こす』であること」でしょうか。「和尚―酒―ええかん/こす」「和尚―酒/ごまず―酒屋―ええかん/こす」「和尚―嘆息/名前―ええかん/こす」といった図式です。
◆昔話の創発モデル
下記のように「物語の焦点」に「発想の飛躍」をぶつける構図をモデル化して「創発モデル」と名づけてみました。発想の飛躍は論理の飛躍であり、それは思考のショートカットでもあります。潜在意識化での(本来無関係な)概念と概念との不意の結びつきが発想の飛躍をもたらし、それが創作活動における大きなベクトルとなると考えたものです。
物語の焦点:小僧たちは和尚を出し抜けるか
↑
発想の飛躍:小僧たちの名前が「ええかん」「こす」であること
・和尚―酒―ええかん/こす
↑
・和尚―酒/ごまず―酒屋―ええかん/こす
・和尚―嘆息/名前―ええかん/こす
◆発想の飛躍と概念の操作
発想の飛躍を「常識離れした連想」と仮定しますと、上述した図式の/(スラッシュ)の箇所に特にその意図的に飛躍させた概念の操作が見出せそうです。
呪術的思考に典型的に見られますが、ヒトは本来は繋がりのない切り離されたモノの間にも繋がりを見出すことがあります。それは情報処理におけるエラーです。ですが、科学万能の時代においてもエラーであるはずの呪術的思考が完全には消え去ることがないのは、それが人間特有の思考様式の一部であるからかもしれません。昔話では意図的にエラーを起こすとでも言えるでしょうか。
「和尚さんと小僧」では、和尚と酒屋の間の符丁を小僧が入れ替えたり、和尚の嘆息を自分が呼ばれたふりをして酒にありつくといった行動が見られます。
図式では「和尚―嘆息/名前―ええかん/こす」と表記しています。これを自由連想で細分化して展開すると「和尚―小僧―就寝させる―一人きり―酒―燗―飲酒―嘆息―ええかん―名前―呼ばれた―出てくる―仕方なし―酒―注ぐ―注ぎ返す―徳利―傾ける―杯―酒―こぼれる―こすこす―名前―こす―二度―呼ばれた―出てくる―仕方なし―酒―注ぐ」となります。「和尚:ええかん→嘆息/名前+こすこす(こぼれる)→嘆息/名前」と図式化すればいいでしょうか。「ええかん」という嘆息は「ええ燗」ですが、「燗」の意味が剥奪されます。単なる「ええかん」となったところで嘆息に小僧の名前が付与され、別の意味に転換されます。「こすこす」では「こぼれる」という本来の意味が剥奪され、単なる「こす+こす」となります。ここでも嘆息が小僧の名前を二度呼んだ(※急いで呼んだ)ことに転換されます。そういった概念の操作がここでは行われています。これらの連想を一瞬で行っていることになります。
酒をごまずと言い換える符丁については「酒屋:和尚→酒/ごまず←小僧」と図式化できるでしょうか。小僧は和尚の意図を見抜いて言い訳を逆さに表現して酒を入手します。ここでも酒がごまずに相互に転換される概念の操作が行われています。
シニフィアンとシニフィエでしたか、どちらがどちらか失念しましたが、記号や言語は「意味するもの」と「意味されるもの」とに分かれます。信号の「赤」が「止まれ」なら「止まれ:意味するもの」と「赤:意味されるもの」といった具合です。ここでは「意味されるもの」は固定でありつつも「意味するもの」の入れ替えが行われている訳です。
以上のように、本文には現れない概念も重要な要素となっています。形態素解析で抽出したキーワードだけでは解釈を十全に行うことは難しいものと考えられます。可視化されていない文脈を読む、つまりできるだけ可視化するためには連想概念辞書も取り込んだ上で分析する方向に機能改善することが望まれると考えられます。
転倒は一瞬で価値の逆転をもたらすことを可能とする点で濫用は慎むべき類の概念操作ですが、予想外の驚きをもたらす効果を発揮しますので、昔話では好んで用いられるようです。
シェーマ分析は物語構造分析や評論において多用されますが、昔話ではこの二項対立で把握される図式の各項の属性を動的に転倒させていく(※必ずしも転倒に成功する訳ではない)ことで物語を転がしていくという技法が多用されると考えられます。むしろ転倒させることで二項対立の図式に持ち込むと見た方がいいでしょうか。静態から動態への認識の転換が求められるとでも言えるでしょうか。
呪術的思考のような非合理的思考は人間の抱える弱点ですが、昔話においては逆に創造性の源ともなっていると考えることができます。
◆ログライン≒モチーフ
ログラインとはハリウッドの脚本術で用いられる概念で、物語を二~三行程度で要約したものです。このログラインの時点で作品の良しあしが判別できるといいます。
「和尚さんと小僧」ですと「酒を独り占めしていた和尚だったが、『ええかん』『こすこす』と嘆息したので、自分たちが呼ばれた振りをして小僧たちが起きてきた」くらいでしょうか。
◆余談
お寺では酒は般若湯と呼びますが、小僧たちの年齢で飲めたのでしょうか。普段飲み慣れていない者が飲酒すると顔が真っ赤になったりしますが。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.461-464.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)